白をはためかせて
6
「あれ?隊長、今日はもう帰られるんですか?」
終業時刻までまだ一時間ほど残っているのに、日番谷冬獅郎は帰り支度を始めていた。
「ああ、少し用事が出来てな。」
「ふ〜ん。」
特に関心が無いのか訊いた本人の乱菊は適当に相槌を打っている。
「俺は俺の分は終わらせたが、松本お前の分は自分で片付けろよ。」
「げっ…。」
乱菊は己の机に山となっている書類を見て、唸る。
「隊長…少し引き取ってください…。」
「駄目だ、今日ばかりはお前に仕事で邪魔をされたくない。」
「…用事って、誰かに会うんですか?もしかして、隊長の恋人だったりして。」
乱菊の言葉に冬獅郎は珍しく目を見張った。
「えっ?」
冗談で言ったのに冬獅郎がそんな反応をするものだから、乱菊は机の上に置いてあった物を落としてしまった。
「…………。」
冬獅郎は乱菊の驚きからで彼女は冗談でそれを言ったのだと理解するが、丁度いい機会だからと、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。」
「えええええええっ!隊長彼女いら――そういえば…かなり前に隊長が女性といる写真があったような……。」
「ああ、あの時は本当に参ったが、丁度いい虫除けになったからな。」
「……。」
乱菊は混乱した頭で考えるが、残念ながら彼女の許容範囲を超えてしまっていた。
「そういう事で俺とあいつの邪魔をするようだったら、容赦なく氷付けにするからな。」
「……。」
乱菊は真っ青な顔をしながら大人しく頷いた。
冬獅郎はそれを満足そうに見ると、自室に足を向けた。
途中、何度か隊士たちに声を掛けられたが、予定通りの時間に自室にたどり着き、冬獅郎は大きなモニターのボタンを入れた。
『…………冬獅郎?』
「一護か、久しいな。」
モニターに愛おしい少女、一護の姿を見て冬獅郎は表情を和らげた。
『ごめんな、急に連絡を取りたいとか言って。』
「いや、平気だ。お前の場合緊急時にしか連絡をくれないから正直、毎日でもお前と話がしたいさ。」
『……。』
冬獅郎の言葉にモニター越しの一護ははにかんだような笑みを浮かべた。
『そんなんじゃ、オレがお前に会いたくて仕方がねぇじゃねぇかよ。』
「そうだな…俺もお前に会ったら離れたくないからな。」
『……もしもし、お二人とも今日はそんな惚気をするために連絡を取ったんじゃありませんよね?』
モニターの向こう側から声がして冬獅郎と一護は同時に顔を顰める。
『おい、浦原久しぶりだからいいじゃねぇか。』
「そうだ、一年と一ヶ月三日ぶりの会話だっ!」
『……日番谷さん、よく覚えておりますね。』
「当然だ、一護との思い出はいつまでも覚えているぞ。」
『……ご馳走様です。』
喜助はげんなりとした顔でそう言った。
『お主らこ奴の言うとおり、そろそろ本題に入ったらどうじゃ。』
『…そうだな。』
「……。」
黒猫ではなく美女の姿で現れた夜一の言葉に一護は頷き、冬獅郎もまた異存は無かったので黙って頷いた。
『何でわたしだけ……。』
『常日頃からの行動の現われじゃ。』
『……。』
夜一の容赦ない言葉で落ち込む喜助は放っておいて、一護は今回連絡を取った理由を話し始めた。
『実は…こっちで手違いが起こったんだ。』
「……手違い?」
『ああ、本来なら黒幕が狙っているモノを持った死神と接触するのはオレの役目だと、前に話したよな。』
「ああ。」
『それが…オレの妹たちにいってしまったんだ。』
「――っ!」
一護の言葉に冬獅郎は目を見張った。
「まさか…譲渡したのか…?」
『ああ、あいつらも真血だから死神の力を持っていても可笑しくは無かったんだが…こうもうまく行き過ぎるのは…何らかの意図を感じるんだ。』
「……。」
『……本当はあまりしたくは無かったが、妹たちに囮になってもらって、オレは裏で動く事になると思う。』
「そうか。」
『もし、オレがそっちで何かやらかしても、オレとお前はただの旅禍と十番隊長で接してくれ、オレが指定するまでは…辛いと思うけど、頼む。』
「ああ、了解した。」
『詳しくはオレもどうなるか分からない。今一つ言えるのは人間の中でも特殊能力を持った人間がいてそいつらに妹たちと一緒に尸魂界に行ってもらうと思う。』
「ああ、出来るだけ俺はそれと接触しないように気をつける。」
『……本当に、オレ一人じゃなくて良かった。』
珍しく気弱な事を言う一護に冬獅郎は唇を噛む。
もし、近くにいれば抱きしめるのに。
もし、側に居れば安心する言葉を囁けるのに。
今は画面越しで彼女を励ます事しかできなかった。
「一護。」
冬獅郎は自分の自室に結界を張り、一時的に己の姿を十番隊隊長の幼い姿ではなく、零番隊副隊長である成長した姿に戻った。
「俺はお前の副隊長であり、お前の恋人だ。」
『冬獅郎?』
「お前は俺が護る。だから、お前は前を突っ走れ。」
『……。』
冬獅郎の言葉に一護は目を見張った。
「お前は人を護る力がある、だけど、それを自分に向けない。」
冬獅郎は愛おしそうに目を細める。
「だから、俺がお前を護る……、お前の背中は俺が護るから…共に駆け抜けよう。」
『冬獅郎。』
「一護、お前は今どうしなければならない?」
冬獅郎の質問に彼女の瞳に力が宿る。
『オレは…零番隊の隊長だ。やるべき事は決まっている。』
「それでこそ、俺が愛した零番隊の隊長だ。」
冬獅郎が微笑みかけると、一護も微笑み返した。
『ありがと、冬獅郎。お前と話が出来て少し落ち着いた。』
「……何かあればすぐにでも連絡をくれ。」
『分かった。でも、出来るだけ自分の力で頑張ってみるよ。』
一護の言葉に冬獅郎は苦笑を浮かべる。
『それじゃ、またな。』
「ああ。」
通信はここで途切れ、冬獅郎は何も映っていない画面をじっと見つめていた。
「一護、頼むから無理だけはしないでくれ。」
祈るように冬獅郎は呟き、そして、十番隊隊長としての幼少期の姿に戻った。
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