橙ネコと氷雪の隊長
2
「雛森〜。」
「へっ?ら、乱菊さん?」
突然乱菊に抱きしめられ、桃はびっくりして抱えていた書類を落としそうになった。
「どうしたんですか?」
「もう、隊長何とかならないかしら〜。」
「……。」
幼馴染の少年がどうしたのかと桃は心配になるが、次の乱菊の言葉を聞いて安堵の溜息を吐いた。
「もう、残業も、減給もいやよ〜。」
「…乱菊さんそれは自業自得じゃないですか?」
「だって、ほんの少しの休憩は必要じゃない。」
「……。」
乱菊のほんのちょっとの休憩がどれほどのものか桃には分からなかったが、それでも、短い事はないのを理解していたので、幼馴染の少年を哀れんだ。
「だけど、最近仕事の量が増えたし、日番谷くんが煩く言うのは当然じゃないですか?」
「えっ?仕事そんなに多かったけ?」
「……。」
桃は思わず、頭を抱えた。
「多いですよ、藍染隊長だって一時間くらい残業しているんですよ。」
「……本当に?」
「はい。」
「……隊長、定時にいつも上がっているわよ?」
「……。」
桃は乱菊の言葉を聞いて目を大きく見開いた。
「嘘、あの量は半端ないですよっ!」
「……。」
乱菊はふと今朝の隊長の机の上に乗っている書類の量を思い出し、顔を青くする。
「そういえば…かなりあったような。」
「暢気にサボってないで急いで戻ってください、日番谷くん絶対に無茶をしていますから。」
「そうね。」
乱菊は顔を引きつらせ、十番隊の執務室に向かった。
戸口の前に立ち、乱菊は二、三度息を吸ったり吐いたりする。
「松本副隊長、入ったらどうですか?」
黒髪の少女が乱菊の後ろから声を掛けてきたものだから、乱菊は大げさなくらい肩を震わした。
「あ、あんたは?」
見かけない顔に乱菊は疑問を持つが、口を開こうとした瞬間中から機嫌の悪い声が聞こえた。
「松本、いつまでそこに突っ立てる気だ。」
「す、すみませんっ!」
乱菊が中に入ると少女も中に入ってきた。
「終わったのか?」
「はい、七番隊と四番隊に渡してきました。」
「それじゃ、すまないが、お茶を淹れてくれないか?」
冬獅郎の言葉に少女は頷いた。
「熱いお茶ですね、松本副隊長は程ほどにお入れしますね。」
少女はそう言うと給湯室に向かった。
「隊長、あの子誰ですか?」
「お前が遊びまくるからな、臨時に雇った。」
「えっ、許されるんですか?」
「ああ、総隊長には一応面接に通っているからな。」
「へぇ、いつの間に……。」
乱菊は冬獅郎がいつの間にそんな事をしたのかと考えるが、彼の一睨みでその考えを中断させられる。
「仕事が忙しい時には彼女に手伝ってもらうから、だからと言って、サボるなよ。」
「はい。」
乱菊は冬獅郎の机の上に積み上げられた書類の山を見て目を見開いた。
「隊長。」
「何だ。」
「ずいぶん減っていますね。」
「あいつが仕分けしてくれて、しかも運んでくれるからな。」
「ぐっ……。」
副隊長としての自分の立場がない乱菊は顔を引きつらせる。
「気も利くし、本当にお前の座をあいつに与えたいくらいの働きぶりだ。」
「……。」
これで、戦闘能力も完全に彼女に劣れば自分は副隊長の座から完全に落とされるのではないのかと、冷や汗を流す。
「まぁまぁ、そこまでになさったらどうです?」
「ああ、すまないな。」
冬獅郎は少女の出したお茶を受け取り、早速飲む。
「松本副隊長もどうぞ。」
「ありがとう。」
乱菊はありがたく少女から湯飲みを受け取り、一口すする。
「あら、美味しい。」
「ありがとうございます。」
乱菊が素直に賛辞の言葉を言うと少女は頬を少し赤らめ、はにかむように笑った。
「……松本副隊長。」
なにやら急に真剣な顔をする少女に乱菊は首を傾げる。
少女は冬獅郎の気配を探りながら、そっと乱菊の机の上に数枚の紙を乗せる。
「げっ…。」
思わず漏れた言葉に少女は苦笑する。
彼女が出したもの、それは乱菊が隠していた期限が切れてしまった書類だった。
「どういたします?」
「……。」
乱菊はチラリと冬獅郎を見る。この書類はどう考えても隊長の署名が必要なものなので、乱菊一人では片付けられないのだ。
「……はぁ。」
乱菊は大人しく立ち上がり、冬獅郎に期限が切れてしまった書類を差し出した。
「……松本。」
「はい。」
どうやら聡い冬獅郎はそれを見ただけで十を悟ったのか、険しい顔をした。
「罰として、十二番隊と十一番隊にこれをもっていけ。」
「げっ…。」
十一番隊はまだいい、乱菊に喧嘩を吹っかける馬鹿はいない、だが、十二番隊は本当に命の危険がある。
「嫌と言うのか?」
全てを凍てつかせる声音に、乱菊は素早く書類の束を持ち上げる。
「行って来ますっ!」
乱菊は知らなかったこの後の隊長と少女の会話を――。
「冬獅郎、可哀想じゃないか?」
「お前に行かせる訳ないだろう、あんな変態ばかり場所や戦闘狂の奴らのところになんて。」
少女は小さく肩を竦めた。
「まっ、いいけど、硯と筆貸してくれ。」
「ああ。」
実は少女は冬獅郎の書類の手伝いをかなりしていた、そのお陰で十番隊は残業が全くないのだ。
「本当に助かっている、一護。」
冬獅郎は珍しく笑みを浮かべ、少女ははにかむように微笑んだ。
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