橙ネコと氷雪の隊長
6
冬獅郎は時間を見て、後三十分くらいで終わると思い、肩を動かす。
「隊長、凝ってますね。」
「ああ、こういう事務作業ばっかりだと、体がなまる。」
「たまには稽古に行ったらどうですか?」
「何処かの誰かがしっかりと仕事をしたら、出来るだろうな。」
「うっ…。」
乱菊は冬獅郎の言葉に顔を引きつらせた。
「えっ、えーと…、そういえば、隊長って家政婦さんでも雇ったんですか?」
「……。」
突然の言葉に冬獅郎は一護の姿を思い浮かべ、慎重に乱菊に訊ねる。
「何で急にそんな話になるんだ。」
「何か、隊長の部屋から物音はするし、おいしそうな料理の匂いがするらしいんですよ。」
「……。」
冬獅郎は幸いにも一護の姿は見られていないのだとホッと息を吐き、今後彼女の姿を見られても平気なように予防線を張っておく。
「通い妻って奴だ。」
「へ〜、通い妻……って、隊長結婚されてたんですか!」
「まだだが、結婚前提で付き合っている。」
「て、てきり、一護にかまけているから、彼女すらいないと思っていましたが…、よかったですね、隊長。」
満面の笑みを浮かべる乱菊に冬獅郎は人の悪い笑みを浮かべる。
「松本、俺はどうやら独占欲が強いようでな。」
「はい?」
「もし、あいつを探ろうとするんなら、氷輪丸の錆にしてやるぜ?」
「わ、分かりましたっ!し、調べたりなんかしませんっ!」
「分かればいい。」
これで一護に脅威を与えるものは一つ減った、と思い、冬獅郎は書類を纏める。
「松本、それが終われば今日は帰っていいぞ。」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、一護に感謝するんだな。」
意地悪く笑う冬獅郎に乱菊は首を傾げる。
「てめぇがサボっていたら間違いなく残業だったからな。」
「――っ!」
冬獅郎は小さく笑い、そして、筆を動かしていった。
それから、定時で上がれた、冬獅郎は寄り道をせず、真っ直ぐに自分の家に向かった。
「ただいま帰った。」
「あっ、お帰りなさい。」
パタパタと足音が聞こえ、そして、すぐに一護が顔を見せる。
「食事にする?それとも、風呂?」
尻尾が生えたままならば、間違いなく揺れているな、と思いながら、冬獅郎は食事と答えた。
「分かった、後は並べるだけだから、手を洗って来いよ。」
一護はそう言い残すと、台所に引っ込んでいった。
冬獅郎は言われたとおり、手を洗い居間に行くと、一護が料理を並べていた。
「手伝える事はあるか?」
「大丈夫だ、冬獅郎、疲れているだろ?」
「いや、平気だ。」
「そんじゃ、オレまだ持ってくるものがあるから、箸とか並べといてくれ。」
「分かった。」
簡単な手伝いだが、これ以上は一護が譲ってくれないと悟り、冬獅郎は大人しく箸を並べた。
「お待たせ。」
大皿いっぱいに盛られた餃子を見た冬獅郎は少し呆れる。
「作りすぎじゃねぇか?」
「そう言うけど、お前結構食うだろう?」
「……。」
一護の言葉を否定できない冬獅郎は黙り込む。
「…だが、これだけ作るのなら、大変だろう。」
「平気、冬獅郎が美味しそうに食べてくれるだけで、それだけで俺は十分なんだ。」
「…そうか。」
「うん。」
心底嬉しそうな顔をする一護に冬獅郎は彼女に何かをしてあげたいと考える。
「一護、休みの話だが。」
突然の言葉に一護は首を傾げ、記憶を辿り、そして、お昼の時の会話を思い出す。
「…それって小袖の話か?」
「ああ、三日後何とか休みが取れそうなんだ。」
「でも、せっかくの休みなのに…。」
「俺の休みだ、好きに使ってもいいだろう、それに今までならば休みでも書類を持ち帰っていたぞ。」
「……。」
冬獅郎の言葉に一護は黙り込む、確かに冬獅郎はよく休日に書類を持ち帰り、それをやっていた、それと、買い物どちらが彼にとっての負担が少ないのかと、一護は頭を悩ませる。
「……。」
冬獅郎は一護が何を考えているのか、何となく分かるのか、苦笑を浮かべる。
「俺の着物でも少し手持ちが小さくなってきたからな、新しいのをあつらえてもいいと思うし。」
「それじゃ、行くっ!…って、人間の姿だったらやっぱり不味いんじゃ…。」
一護は冬獅郎に変な噂がたつのではないかと不安になる。
「大丈夫だ。」
「でも。」
「人の噂も七十五日、死神の寿命じゃ、七十五日じゃあっという間だ。」
「……。」
一護はそれでも、渋ろうとするが、冬獅郎は先手を打つ。
「お前が行かないのなら、その首に首輪をつけて無理やり連れて行くぞ。」
「……分かったよ。」
冬獅郎の目があまりにも本気だったので、一護は冷や汗をたらしながら頷いた。
「分かればいい、それじゃ、食べようか。」
「ああ。」
一護と冬獅郎は食事を食べ始めた。
その後、食べ終えると、冬獅郎は風呂に入り、その間に一護破食器荒いなどをして、冬獅郎の後に風呂に入った。
冬獅郎は今度の休みで一護にどんな小袖を買うか思案する。
彼女は着れればなんでもいいと、いう節があり、冬獅郎はせっかくだから、彼女に似合う小袖を選びたかった。
「ついでだから、簪や小物も見るかな。」
冬獅郎は珍しく今度の休みが楽しみになり、頬を緩める。
一護の正体を知ってから、冬獅郎にとって毎日がまるで贈り物のように、楽しく、そして、幸福に過ごせていた。
それは全て一護のお陰だと言っても過言ではないのだろう。
一日の終わりが近づき、冬獅郎は風呂上りの一護を抱きしめた。
「一護、ずっと、一緒にいような。」
冬獅郎はそっと一護の耳に囁き、一護は顔を真っ赤にさせながら小さく頷いた。
一日、一日はあっという間に終わるが、それでも、二人にとってどの日も掛け替えのない大切な日になっていく。
毎日が記念日のように冬獅郎も一護も一日を大切にしているのだった。
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