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悲しき祈り

 一護が取り乱してから一週間経つと言うのに、桃も冬獅郎も何もなかったかのように一護を扱う。
 だけど、それが一護に取って苦しくなった。
 そして、一護は決心する。

「話があるんだ。」

 一護は自分の身に起こった事を全て二人に話すつもりだった。
 冬獅郎は心配そうな目で一護を見た。
 桃も聞きたいような、だけど、聞きたくないような顔をしたが、それでも、一護のこの決心がどれほど重いものか十分に知っていた。

「いいのか?」

 冬獅郎の確認の言葉に一護はしっかりと頷いた。

「二人に聞いて欲しいんだ。」
「そうか。」

 冬獅郎は一護の顔から全ての決意を分かったのか、静かに頷いた。

「辛くなったらいつでも止めていいからな。」

 冬獅郎の優しい言葉に一護は淡く微笑んだ。
 そして、重かった口をゆっくりと開き、言葉を発する。

「あれはオレが空手の道場からの帰り道……。お袋がオレを迎えに来てくれて、そして、オレは雨の中傘もささず、立っている女の子を見つけた。
 あの時のオレは、それは人間なのかそれとも幽霊と呼ばれる存在なのか分からなかった。
 お袋はオレを止めようとした。だけど、オレは止まらなかった。
 そして、気づいた時にはお袋はオレを庇って血まみれになっていた。オレは後悔した…。オレがあの時行かなければ…お袋が死なずにすんだのに…。」

 あの時の母の顔、自分だって痛くて辛かったはずなのに、死ぬ寸前まで自分を案じていた母。

「オレが母親を殺した、その事実は一生付き纏うだろうな。」

 自嘲する一護に桃も冬獅郎も気遣わしげな顔をする。

「…………お袋が死んだ後、二人の男が現れた。二人とも漆黒の着物を着ていた……。あれ?」

 一護は不意に記憶を呼び起こすと、顔を蒼くさせる。

「どうした?」
「あの二人…冬獅郎と同じ…真っ白の羽織を着ていた…。」

 一護の言葉に桃も冬獅郎も体を強張らせる。

「メガネをかけた奴はぞっとするほど、冷たい目でオレを見て、もう一人の男は関西弁…みたいな言葉を喋っていた。」
「……。」
「……そんな。」

 二人の脳裏に同じ人物が思い浮かぶ。
 白い羽織を許されるのは護廷でも隊長と呼ばれる人だけだ。
 関西弁…正しく言えば京言葉と言えば三番隊隊長市丸ギンだけだ。
 メガネの隊長と言えば五番隊隊長藍染惣右介だけだ。

「その後、気づいたら牢屋にいて、力を…多分、今なら分かるけど霊圧を取られた。たまに誰かがちょっとした食べ物や水を持ってきて、命を繋いでいた……。
 本当に生きているのか、死んでいるのか…。違うな…まるで何かの動物のように命を繋ぎとめられていたんだ。」
「……一護。」
「後はずっと牢屋の中だった…。冬獅郎が現れるまで。」

 冬獅郎はふっとあの時に聞こえた歌を思い出す。

「なぁ。」
「ん?」
「お前はあそこに居た時、歌っていたか?」
「うん、歌っていた。だってそうじゃなきゃ自分を保てなかった。お袋から貰った暖かな思い出だけがオレを現実に繋ぎとめてくれたから。」
「………ごめんな。」

 突然謝られ、一護は首を傾げる。

「俺はお前の歌が聞こえていた。なのに…。」
「冬獅郎。」
「すまない。」

 頭を下げる冬獅郎に一護は苦笑する。

「仕方の無い事だよ。」
「だが…。」

 一護は冬獅郎に近づき彼の髪を掻き乱した。

「馬鹿野郎、お前だけじゃねぇさ。」
「一護?」
「オレはアレを小声で歌っていたんだ。聞き取れただけで奇跡だし、それに、空耳だと思ったらそれで終わりだろう?」
「そうかもしれないが。」
「オレは助かりたかった、と確かに思ったけど、半分以上は死にたいと思ったんだ。」

 一護の言葉に二人は息を呑む。

「だって、お袋を殺したのに、オレがのうのうと生きていても本当は良くないだろう?」

 あまりにも冷めた目に冬獅郎と桃はなんと声を掛ければいいのか分からなくなった。

「……だけど、冬獅郎に会ってその考えは変わった。」

 ふっとした瞬間に一護の目が和らぎ、そして、先ほどの冷たい印象とは正反対の暖かな表情に変わっていた。

「ありがとう。」

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