Triangle 5 とりあえず、マンションに運び込んで、濡れた黒い革のジャケットとズボンを脱がせてベッドに寝かせた。 びしょびしょに濡れた髪をタオルでゴシゴシ拭くが、一向に気付かない。第一印象で『白い』って思ったのは、実は銀髪のこの髪の所為だろう。 熱がある、かなり高いかな・・・と思った。真っ青な顔でガタガタ震えて寒そうだったので、毛布をもう一枚余計に掛けた。 熱出してるだけに見えたけど、シャツから見える体のところどころに、殴られたような傷と痣があった。傷から出た熱だったらヤバイかなと思って、医者を呼ぼうかとも思ったけど、考えてみれば俺はこの近所の医者の電話番号も解らない。それに、救急車を呼ぶような大騒ぎはまっぴらだ。 救急車は最終手段にして、いざとなったら捨ててあった元の所に戻しておこう・・・、なんて後で思えば冗談のような事を、その時は真剣に考えていた。 さて、これからどうしよう・・・と思いながらも、側を離れるのもなぜか気が引けて、そのままそこにいた。 病人の傍に居なくっちゃ落ち着かない、というのは小さい頃からの習慣なので仕方がない。 ボーっとしながらも、ようやく相手を観察する余裕が出て、ソイツの顔を見ていた。 年は土方さんと同じ位だろうか。 ちょっとやつれてる気もするが、結構整った顔立ちをしてる。 なんだか、お姉ちゃんを看病した時とかが思い出されて、ナーヴァスになりそうだ。 しばらくして、ソイツの真っ青な顔に少しずつ赤味が差してきた頃。 「・・・う・・・・」 「あ。ちょっ、だいじょぶ、ですかィ?」 「・・ん・・・・みず・・・・」 まだ、気がつかないままだったが、無意識に望む物を言ったのだろう。さっきより熱が上がってきたんだろうか。 急いで水を持ってきて、抱き起こして飲ませようとした。 でも、上手くいかない。 ちゃんと口を開けないので、水はあてがったタオルに零れるばかりだ。 飲み込んでくれなくて、だんだん苛立ってきた。 もとから気は長い方ではない。 イライラした俺は、口移しで水を飲ませるコトを思いついた。やっぱり、どっかの時代劇とかでやってた筈だ。 口に水を含んでから口唇を舌で開かせて、ゆっくりと少しずつ舌を伝わせて水を流し込む。 咽るかな、と様子をみていると、コクと喉が鳴って水を飲み込んだようだ。 ホッとして唇を離す。 その途端。 ソイツの目が、ぱっちりと開いた。 大きく見開かれた瞳は、やっぱりあの色だ。見間違えじゃなかった。 「気ィ付きやした?」 言葉を忘れたかのように、俺を見てすっかり固まっているソイツに声をかける。 「具合はどうですかィ?どっか痛ェとこありやす?」 ベッドの脇にしゃがんで、視線を合わせてもう一度きく。 「旦那、どうです?苦しかねェですか? まだ熱高いみてェだけど、寒ィ?」 「あ・・・ああ、大丈夫だ、なんとか・・・ああ、うんうん」 ソイツは、ようやく我に返ったように赤い顔で焦って返事した。 「旦那、って俺? それよりオマエ・・・今・・・何して?」 「ああ、水を飲ませただけでさァ。アンタ欲しがってたから」 「そっ・・そっか、そりゃどうもどうも・・・でもなんつーか・・・」 「もっと飲みやすかィ」 何が言いたいんだか、ちょっと慌てたようなソイツに、落ち着くようにと水のコップを渡した。 あーとかうーとか言って、しばらくジッと手に持ったコップを眺めた後で、ようやくそれが水であることに気付いたように、一気に飲み干してしまった。 水分だけでも摂ってれば、体力もありそうだし大丈夫だろう。 ふうと息をつき、カラのコップを俺に渡しながら、「ここどこ?」と、目できいてくるソイツに、俺はちょっと安心した。 意識はしっかりしてるようだ。 「アンタ、路地裏で倒れてたんです。だからココに運んだんでさァ」 「・・・あー・・・」 「大変だったんですぜ、アンタすごい熱だし。自慢じゃねェけど力持ちなんて言えねェ俺が、雨ン中を必死で担いできたんだぜィ。倒れんなら、人に世話かけないトコにしてくだせィ」 我ながら、勝手に拾っておいてすごい言い草だ、と後になってから思った。 この時はそうやって言いながら、面倒な拾い物をした自分自身にだんだん腹が立ってきて、半分はこの人への八つ当たりに近かった。 「あー・・・すまねえな、迷惑かけて」 「ホントでさァ、まったく」 なおも文句を言いそうな俺に、ソイツはニコリと笑った。 「ホントにありがとな」 そう言って、旦那は俺の頭を手でぽんぽんと撫でた。 子供を宥めるような仕草だったのに、俺の出かけた文句は途中で止まってしまった。 なんか不意打ちされたような気がしたが、まぁいいか・・・と思ってしまう。 なんでそんなことで納得してしまうんだろうと、自分にビックリしながらも、言われたお礼にちょっと嬉しくなった。 → [*前へ][次へ#] [戻る] |