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セブンス・リート

「さあ、どうぞ」

  シルバに案内され、ジョイスとアークは1つの扉の前に立っていた。先ほどまで話をしていた居間から奥に進み、台所を通り過ぎ、いくつかの扉が並ぶ廊下の突き当たりだ。扉を覗き込んだジョイスは、あっと声を上げた。

「オレの『録音機』!」

  部屋の中央には長机があり、その上にジョイスの預けた『録音機』が置いてあった。『録音機』は木で組み合わせた土台に固定されている。机の上には、ジョイスには使い方の分からない工具が並べて置いてあった。

「へえ、こんな所があったんだな」

  ジョイスの後に続いてやって来たアークは、興味深そうに辺りを見回した。
  こじんまりとした部屋だ。壁を囲うように本棚が取り付けられ、中には書物が所狭しと並んでいる。西側には一人用の机が置かれ、定規や鉛筆、それに設計図のようなものが何枚か重ねてある。狭いが、実用的な部屋のようだ。

「ここは……?」
「『録音機』の修理や製造をする作業部屋だよ。僕以外は滅多に来ないんだけどね」
「リーリエも?」

  リーリエは付いてこなかった。お茶の時間を楽しみたいのだと言う。居間で一人、シルバの手作りクッキーをつまんでいるのだろう。

「そうだね、リィもだ」
「……大丈夫なのか?」
「何がだい?」
「リーリエは、俺たちがここに来ることが気に入らないみたいだから」

  アークが言うと、シルバは苦笑した。

「作業部屋は、職人の命だからね。リィはそれをよく分かっているんだ。だからあんなに警戒したんだよ」

  そもそも、本来なら職人以外は入ることが許されない場所なのだと言う。『録音機』の修復技術は一朝一夕で学べるものではなく、師匠から弟子へ時間をかけて継承される。そのため、職人は技術が外に漏れることを最も危惧する。技術の結晶とも言える作業部屋は、職人か、職人自身が認めた者しか入ることができない。それは、たとえ身内であっても同じである。

「……今さらだけどさ、本当に入っていいのか?」

  シルバから説明を受けて、アークが顔を曇らせる。最愛の妻さえも立ち入らせない場所に堂々といることに、後ろめたさを感じたのだ。リーリエの突き刺さるような視線を思い出すと、なんだか胸が痛い。

「僕が認めたんだから、構わないよ。それに君たち……特にあの子には、知ってほしいことがあるからね」

  シルバの視線の先には、長机に張り付いたまま動かない後ろ姿がある。ジョイスは『録音機』しか見ていない。今この部屋にいることがどれだけ貴重なことなのか、全く分かっていないようだ。

「シルバ、これ……」
「もう少しかかるんだ。ごめんね」

  期待を込めて振り返ったジョイスは、シルバの返答に肩を落とした。名残惜しそうな目で『録音機』を見つめ、

「あと、どのくらい?」
「うーん、そうだな。音調波の強さは掴めて、設計図は書き出したから……」

  シルバはじっと壁を見つめ、何事かを呟き出した。まるで、その一箇所を見つめ続けていれば、修理工程が浮かび上がってくるとでも言わんばかりだ。しかし、ジョイスはもう我慢ができなかった。目の前に『録音機』があるのに手に取ることのできないもどかしさに、ずっと痺れを切らしていたのだ。

「なあ、ちょっとだけ見せてくれよ!」

  返事も待たず、ジョイスの手は自然と『録音機』に伸びていた。


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