セブンス・リート
2
シルバはティーカップを十分に温めてから、缶の蓋を開け、茶葉を取りだした。スプーンで何回か茶葉をすくってポットに入れ、お湯を注いで蒸らす。しばらくすると、辺りに甘酸っぱい香りが漂い始めた。
「ローズヒップティーだよ」
鮮やかな赤色の液体がカップに注がれる。
赤色。
途端、ジョイスの脳裏に赤いリボンの少女の姿がよぎった。
あの場にいた誰よりも小さく、幼い姿。それでいて、誰よりも冷静で、毅然とした姿。
「……オレは、自由なんだって」
気づけば、言葉がするりと口をついて出ていた。嬉々として紅茶に口をつけようとしていたリーリエが怪訝な顔をする。
「自由?」
「『第一』に言われたんだ。で、アルベールには縛られることを知れって言われた」
「どういうことだ?」
ジョイスは、『第一』やアルベールとのやり取りを全て話した。芝居小屋でのアルベールの表情、『第一』のこちらを見透かすような瞳。それらを思い出すと胸の奥底がざわつき、妙に落ち着かない。
息も継ぐ間ももどかしいままに一通り説明を終えると、すっかり喉が乾いてしまっていた。シルバの淹れたローズヒップティーが目の前にあったが、口をつける気は起きなかった。そこに映り込む自分自身は、ひどく顔を強張らせていた。
話を聞いたアークとリーリエは、互いの顔を見合わせた。
「意味、分かる?」
アークが唸る。どうやらお手上げのようだ。
「リーリエは?」
「うーん、自由なんでしょ。……そうねえ、好き勝手に歌ってるとか?」
胸の奥底で、ざわり、と何かが動くような気がした。
「オレのやり方が間違ってるってことか」
「いや、そこまでは言ってな」
「やっぱり自分で練習してるだけじゃだめなのか?」
ざわり。ざわり。
奥底から生まれた何かは、ゆっくりとジョイスの体を呑みこんでいく。
サリアには歌の稽古をつけてもらった。クレフからは楽譜の読み方を教わった。『録音機』での練習は欠かさず、音楽と名前のつくものは片っ端から手を付けた。そんな日々の生活の中で足りていないものがあるとすれば、思い当たる節は一つだけだ。
『学院』の知識。
それは、聖歌学院の人間とジョイスを隔てる境界線。
ざわり。ざわり。
奥底から生まれた何かは耳障りな音となって、ジョイスの耳元まで登ってくる。それは、とても、とても、うるさい。
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