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セブンス・リート

  ジョイスは窓から身を乗り出すと、そのまま屋根によじ登った。録音機(ミュージコード)がなくても毎日の練習は欠かしてはならない。そう思っていつもの場所に来たのである。
  春といっても早朝はまだまだ寒い。自室から持ってきた掛布団で体を包むと、ジョイスは遠くに目を凝らした。朝もやのせいか、聖歌学院の輪郭はおぼろげである。ジョイスは周囲のもやを取り込むかのように大きく息を吸うと、歌いだした。

――だったら、もう少し縛られることを知っておけ。

――溢れる力を縛るのか、解放するのか。それはあなた次第ですわ。

  ぷつり、と歌が途絶える。

「……だめだ」

  溜息とともにジョイスは頭を垂れた。アルベールと『第一』の言葉が脳裏に焼き付いて練習に集中できない。
  昨日は『祭典』の豪華な夕食もそこそこに部屋に戻り、アルベールや『第一』に言われた言葉の意味を考えてみた。しかし、そう簡単に答えが出るはずもない。もともとジョイスは深く考えることが苦手である。案の定、考え過ぎて全く寝付けないまま朝を迎えてしまった。

「おやおや、朝から精が出るねえ」

  寝不足で重い頭を振っていると、屋根の下から声がした。見ると、そこにはぼろぼろの服に身を包んだ男が壁に寄りかかっている。

「レヴァン! 今までどこに行ってたんだ?」

  思わず叫ぶと、男は手の平をひらひらと振ってみせた。

「賑やかなのは性に合わないんでね。『祭典』が終わるまで隠れてたのさ」

  この年齢不詳の男と知り合ったのは随分前になる。まだ幼いジョイスがいつものように歌の練習をしようと家の屋根に登った時、そこから見える路地に倒れていたのだ。ひどく弱った男の姿を見て、恐らく『歌至上主義』政策により居場所を追われたのだろうとジョイスは思った。
  本来、行き倒れの人間を匿うことはオルクラクスでは禁止されている。しかし、当時のジョイスは男を放っておくことができなかった。サリアやクレフ、ましてやアークにも内緒で、台所から水と食料をこっそり持ち出したときの罪悪感は今でもはっきりと覚えている。助けた男はジョイスにレヴァンという名前を教え、それ以来、時折こうしてジョイスの前に姿を現すようになっていた。

「隠れてたって……。じゃあ『祭典』のフィオラさん、見てないんだ」

「何! フィオラさんがどうしたって?」

  その言葉を耳にした途端、男は血相を変えて屋根によじ登ろうとしてきた。それはジョイスが予想していた反応だが、食いつきっぷりは予想以上だった。

「お、落ちつけよ! そんなことしなくても教えるから!」
「早く! フィオラさんがなんだって?」
「だから、『祭典』のフィオラさんはすっげーきれいだったってことだよ!」

  こちらに飛びかからんばかりの勢いのレヴァンを制し、ジョイスは「フィオラさん」の様子を話した。


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あきゅろす。
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