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セブンス・リート
10
  馬車の中では、カルミナがクレフから取り上げた紙を見つめている。

「カルミナ、どうしました?」

  ヴァノの問いかけにカルミナは頬を膨らませた。

「先ほどもそうやって、名前で呼べはよろしいのに」
「公の場ですよ。人々の前に立った瞬間からあなたは『第一の歌い手(プリマ・カンタンテ)』なのです」
「そのお説教は聞き飽きましたわ」

  頭が固いのだから、とカルミナはひそかに悪態をつく。『第四の歌い手(クァルト・カンタンテ)』の名を継承するヴァノ・カーファンクという青年は、代々軍人の家系であるカーファンク家の血をしっかりと受け継いでいる。よく言えば冷静沈着、悪く言えば堅物を絵に描いたような男だった。
  今もそうだ。ヴァノは大人数の前では少女を絶対に名前で呼ばない。そうすることで、自分が『歌い手』の中でも特に高位の『第一(プリマ)』に仕えていることを確かめているようだった。

「……勝負は見えていましたね」

  頭を切り替えて、カルミナはヴァノに紙を見せた。そこには先ほど出会った人物の名前が書いてある。

「カルミナが止めなくとも、観衆はあの子供を選んだようですね」
「下町がコークロスの林になったら大変ですもの。遊びと日々の暮らしでは重みが違いますわ」

  だが、あそこでカルミナが出ていなかったらどうなっていただろうか、とヴァノは思考を巡らす。グライシングは勝負の結果に関わらず、契約書通りに下町を破壊し始めただろう。契約書は本物だった。そして、あの筆跡は息子のものではない。

「厄介だな、グライシングが関わっているのか……」
「はっきりとは言えませんわ」

  カルミナの鳶色の瞳が翳った。グライシング家への対応は慎重にならざるを得ない。商業貴族は国家にも強い影響を与えているためだ。下手に詮索をして反逆を引き起こしては元も子もない。

「そうですね。監視をつけ、泳がせましょう」

  ヴァノはカルミナの手から紙を受け取ると、小さく折りたたんで懐にしまった。

「そうそう、その紙、一応取っておいてくださる?」
「別に構いませんが……」

  眉をひそめてこちらを伺う様には、疑問の表情がはっきりと見て取れた。

「ジョイス・フライハイト。あの子の歌声はフォノそのものですわ」

  強すぎるフォノはこの世の理を狂わせる。観衆はともかく、『歌い手』たるカルミナはその声に引き寄せられると同時に畏怖も感じていた。
  頭痛は強すぎるフォノによる悪酔いだ。その証拠に芝居小屋の騒動が終わった今、頭の奥の鈍痛はきれいになくなっている。コンテスト会場のラキシカも落ち着いているはずだ。

  ふと思いついて、カルミナはヴァノに尋ねた。

「ねえ、あの子を学院に招待したら来てくれるかしら?」

  突拍子もない質問に面食らったのか、ヴァノは眼鏡に手をやった。去り際の夫婦の言葉がよみがえる。

「そうですね……。学院で勉強したいそうですから、来るのでは?」
「ふふ、そうだといいのですけれど」

  カルミナの笑い方に、ヴァノは嫌なものを感じた。普段の優雅な微笑みの中に、危ないものが含まれている。眼鏡に当てた手を離せないまま、ヴァノは溜息をついた。

「カルミナ、厄介事だけは起こさないで下さいよ」
「迷惑はかけませんわ」

  いたずらっぽく笑うカルミナを見て、頭痛の種は目の前の少女なのではないかと、ヴァノは思うのだった。


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あきゅろす。
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