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セブンス・リート

「な、なんですか?」

  平静を装おうとしたものの、驚きは隠しきれなかった。選考が始まってから一言もしゃべらず身動き一つしなかった少年に、名前を呼ばれたのだ。

「外」
「外? 外がどうかしましたか?」

  ヴァノが少年に問いかける。表情は見えないが、少年がわずかに動いたところから察するに、耳を澄ませているらしかった。

「うるさい」
「『祭典』だからでしょう。静かな方がおかしいですわ」
「違う」
「え?」
「…ラキシカ、状況は?」

  名前を呼ばれ、少年がゆっくりとヴァノに顔を向ける。つややかな黒髪の間から覗く目は、どこか焦点が合っていなかった。その目をしばらく見つめていたヴァノは、突然、カルミナに向き直った。

「カルミナ、なにかがおかしい」
「おかしいとはどういうことです?」
「ラキの様子がいつもと違うんです。おそらくこれは、音(フォノ)に酔ってる」
「音(フォノ)に?」
「様子を見に行かせましょう。…セーラ!」

  ヴァノが鋭く声を張る。その声が終わるか終わらないかのうちに、三人の前には一人の少女が立っていた。
「お呼びですかあ?」
「外の警備はあなたに任せていましたね。どうも、街の様子がおかしいようなんです。こちらの警護はいいですから、様子を見てきてもらえますか」

  あどけない顔をしているが、これでも暗殺者としてその手の世界では名を馳せる人物である。本来ならばヴァノの言葉にすぐにでも従うのだが、

「それって、芝居小屋のことですかあ?」

  予期せぬことに、少女は可愛らしく小首を傾げた。
「芝居小屋?」
「なんか、学院の生徒と一般人がケンカしてるみたいですよー。芝居の役をめぐって歌合戦するとかなんとか?」

  歌合戦。そして音(フォノ)酔い。

  次の瞬間、カルミナの中で何かが繋がった。

「それですわ!」
「カルミナ?」
「私をそこへ連れてゆきなさい」
「何を言ってるんですか!?」

  特別席から離れて歩き出したカルミナに、ヴァノは立ちあがった。コンテストは中盤。後にはまだ参加者が控えている。優勝者の決定権を持つ人間が持ち場を離れてよいものか。

「あなたは今、歌主様と同じ立場にあるのですよ! この場を去って、聖歌国家の長の顔に泥を塗る気ですか?」

  その言葉にカルミナは振り返ると、ポケットを探り、小さな塊を放った。受け取ったヴァノがよくよく見れば、それは音符の形をした金色の録音機(ミュージコード)だった。

「それに音(フォノ)を録っておいてください。あとで聞きますわ」
「待って下さい! こんな形では…。それに、あなたが行くなら私も同行しなければ!」
「ヴァノ、あなたにここを任せます。セーラをつけるから心配は無用です。すぐ戻ってきますわ」

  ヴァノの制止をよそに、カルミナはセーラを連れていく。いついかなるときも『第一の歌い手(プリマ・カンタンテ)』とともにあれと歌主から命じられているヴァノには非常事態だった。

「迷っているのですか?」
「なっ…?」

  立ちあがったまま動かないヴァノを見てカルミナは悟ったのだ。この若き軍人は歌主の二つの命令のうち、どちらに従うべきか決めかねている。不安定に揺れる天秤をこちらに傾けさせるには、どうすればよいか。

「あなたがどちらに従っても歌主様のご命令です。一つを選んだところでもう一つを選べないのは、仕方がないことではありませんか?」

  鳶色の瞳に理知的な光がともったところで、ヴァノはかなわないと気づいた。『第一(プリマ)』を名乗るに十分な素質が少女には備わっていた。

「…分かりました」

  ヴァノの手が眼鏡に伸びるのを見て、カルミナは思わず笑いを漏らした。なんだかんだで、真面目な青年を言いくるめるのが楽しかったりするのである。

「コンテストは一時休止。あなたがそこまでして外に行きたい原因を突き止め次第、コンテストを再開します」
「ええ、よろしくてよ」



  コンテストの主催者が青い顔で慌てふためくのを尻目に、カルミナとヴァノは会場を後にした。フォノ酔いで動けないラキシカは会場で待たせてある。

「カルミナ、質問してもいいですか」
「どうぞ」
「わざわざ外に出てまで何がしたいんです?」
「コンテストよりもっと面白いことです」
「は?」

  この子は遊びたいだけなのではないだろうか。そんなヴァノの心配をよそに、カルミナは優雅にほほ笑んだ。


「きっと、素敵な逸材が見つかりますわ」



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あきゅろす。
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