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セブンス・リート

  少女は舞台で歌っていた。花弁の開いたようなデザインのドレスを身にまとい、ゆるくカールさせた髪に小花を散りばめ、胸の前で両手を組んでいる。白い肌にふっくらとした頬は、少女が貴族の出であることを容易に想像させた。
  春風に吹かれてドレスの裾がはためく様は、さながら妖精が飛び立とうとしているようにも見え、のびやかな歌声もあいまって、人々から感嘆のため息を奪っていった。
  舞台を囲む聴衆は少女の歌声に聞き入っている。舞台正面に設置された見物席――もちろん一般人の立ち入りは許されない――に座る面々も、自らを誇示するように広げていた扇を傍らに置き、静寂の中に響く音を楽しんでいた。――ただし、ある人物を除いて。

「あーもう、なぜ私(わたくし)がこんなつまらないコンテストに出なければいけませんの?」

  上流階級の中でもさらに高位の人間しか入れない特等席。そこから声が聞こえた。コンコンという、何かを叩く音も聞こえる。

「カルミナ、おやめなさい。はしたないですよ」
「だってつまらないんですもの。歌もお上手ではありませんし」

  いなすような男の声に、幼い声が不服そうに答えた。コンコンという音も一段と大きくなる。
  中央の席に、すました表情の少女が座っていた。年の頃は十歳くらいだろうか。鳶色の髪を肩のあたりでまっすぐに切りそろえ、頭には赤いリボンが揺れている。ピンク色の可愛らしいドレスで、肩には透き通った生地のケープをかけていた。

「皆さん一生懸命歌っているじゃありませんか」

  男の言葉に、少女――カルミナはつんと顔をそむけた。本来オルクラクスを統べる歌主が座るはずだった椅子は彼女には大きすぎる。床に届かない足をごまかすように、よく磨かれた革靴が椅子の足を蹴っていた。コンコンという音はここから聞こえていたらしい。
「でも、私の方が上手く歌えますわ」
「それはあなたが『第一の歌い手(プリマ・カンタンテ)』だからでしょう」

  そう言ったのはたくましい体つきの青年である。神官と見まごうような白い服に金の甲冑をつけた姿は猛々しく、見る者を圧倒させる。金色の大きな輪を両腕に通し、そこからつながる長い鎖は腰でまとめられていた。眼鏡の奥は少女の警護のために油断なく細められていたが、青年がため息をついて眼鏡に手をやると、威圧感がいくぶんか和らいだ。彼は呆れた時や困ったとき、必ずといっていいほどその仕草をする。それを心得ていたカルミナは、少し心配になって青年の方へ体を向けた。

「ヴァノ、そんなに私はワガママかしら」
「あなたは『第一(プリマ)』ですよ。その名にふさわしい態度をとっていただかなくては、歌主様に申し上げる言葉がありません」
「わ、わかっています!」

  眉間にしわを寄せた青年――ヴァノというらしい――とまともに目を合わせてしまい、カルミナは慌てて舞台に向き直った。不安な顔をしたのが分かってしまったのではと思ったのだ。

  『音楽の女神の祭典(サローネ・デル・ムーシケ)』と並行して行われる聖歌学院主催の歌唱コンテスト。十代の少年・少女のみ参加が許され、優勝者には聖歌学院の受験資格が与えられる。ただし、あくまで受験資格であり、正式な入学許可とは程遠い。それでも入学に一歩近づくとあって、近年参加者は増えている。本来ならば優勝者の選考は歌主が行うはずだったのだが、本人が不在のため、代わりにカルミナが選考委員を務めているというわけだ。

「歌主様、どちらに行かれたんですかね」
「分かりませんわ。…ただ、急用とだけ」

  舞台では少年が歌っていた。いつの間にか少女の番は終わってしまったようだ。少年は緊張しているらしく、体が強張っているのが遠目にも分かった。

  ――こんなことであがっているようでは、学院ではやっていけませんわ。

  カルミナが青年に目配せをすると、ヴァノは羽根ペンを取り手元の名簿をめくった。そこには参加者の名前が並んでいる。ヴァノは舞台に立つ少年と名簿の名前を見比べると、羽根ペンで印をつけた。

「…『第一(プリマ)』」

  ふいにヴァノの隣から声が聞こえた。青年の体が大きくて見えなかったのだが、そこにはもう1つ椅子があり、全身黒ずくめの少年が座っているのだ。


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あきゅろす。
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