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セブンス・リート

「いつまで見てる気だ」
「だってさ…」

  修理屋を何度も振り返るジョイスは不安そうだった。幼いころから肌身離さず持っていた録音機がないのだ。無理もない。

「シルバを信じろって。きっと直してくれるさ」

  アークの言葉に力なく頷いた。
  修理屋をあとにした二人は、いまだ賑やかな大通りを抜けて、家へと向かっていた。人々の笑い声や呼び込みのうるささと比べると、ジョイスの落ち込みようは、さながら火の消えた暖炉のようだった。

「おい、いつまでもそんな顔するもんじゃないぞ」

  家が近づいてきても、その陰鬱な顔が変わらないので、とうとうアークが見かねて声をかけた。

「分かってるよ!」

  威勢よく言ったはいいものの、すぐに尻すぼみになって消えてしまう。元気が取り柄のジョイスには珍しい。

「そんな顔で帰ってみろ、おふくろが心配するぞ」

  血は繋がっていないとはいえ、親子同然に育った身だ。落ち込んだ様子を見れば、サリアは何があったのかと問い詰めるだろう。
  ジョイスは一つ息を吸うと、大きく深呼吸した。頬を叩いてこわばった顔の筋肉をほぐす。サリアに心配はかけたくなかった。


「ただいま! おふくろ、言われてた小道具借りてきた――」
  家の中へ一歩踏み込んだアークは、いつもと様子が違うのに気がついた。一階の居間は、公演期間中は役者や裏方の人間の休憩場所になっている。公演時間までは多少余裕があるとはいえ、いつもなら隣の芝居小屋とこちらを行き来する人でごったがえしているはずだ。
  しかし、居間には誰もいなかった。

「あれ? おかしいな」
「どうしたんだ?」

  アークの後ろから顔をのぞかせたジョイスが声をあげる。異変に気がついたらしい。

「サリアは? 芝居小屋のみんなは?」

  ゆっくりと居間を見回す。全員で食事を取るテーブルの上には、出演者あてだろうか、大きな花束やお菓子が所狭しと並べられている。床には、煙草の吸殻や大道具を運ぶ際に落ちた木くず、釘まで落ちていた。数人が歩いたような靴の跡もある。さきほどまでここに人はいたらしい。

「みんなどこ行ったんだ?」
「なんか芝居小屋の方が騒がしくないか?」

  ジョイスに言われて耳を澄ますと、なるほど、隣から何かを言いあらそう声が聞こえる。

「行ってみるか」
「おう!」

  踵をかえしてドアを開けようとすると、取っ手が回ってジョイスたちに向って開いた。そこに立っていたのは、息を切らしたサリアである。

「ああよかった! どこに行ったのかと思ったわ!」

  ふくよかな体全体でジョイスたちを抱きしめると、サリアはその顔に笑顔を浮かべた。

「サリア、なんか、芝居小屋、騒がしくない?」

  胸を圧迫されたまま切れ切れにジョイスが言うと、自分が子供たちを押しつぶそうとしていたことに気づいたのか、サリアは体を離した。

「そうだったわ! 大変なの!」
「なにが?」

  隣で一悶着起こっているのは予想できる。だが、そのわりにサリアの口ぶりは楽しそうだ。堰を切ったようにあふれだすサリアの言葉は、耳を疑うものだった。

「どういうこと?」
「だから、聖歌学院の生徒さんが来てるのよ!」

  その言葉とともに、ジョイスは外へ飛び出していた。後ろでアークが何か言っていたような気がするが、今聞いている余裕はない。

  聖歌学院の生徒さん。

  サリアの言葉が頭の中で鳴り響く。


  芝居小屋には人だかりが出来ていた。みながみな、聖歌学院の生徒を見ようと押し合いへしあいしている。ジョイスは持ち前の身軽さとすばしこさで人ごみを抜けると、一番前に躍り出た。


  そこに、彼はいた。


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