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GEASS
いつか、きっと、 (スザルル)
リスペクト市川拓司先生
「さよならをいうよ」の前編。






朝が来る度に君を想い出す。
だってどうしようもなく、君はまだそこにいるような気がするんだ。






「おはよう」

カーテンを開けると、朝の眩しい光が差し込んでくる。すると彼の伏せられた睫毛が微かに動いた。

「朝だよ」

耳元で優しく囁くと彼の瞼がゆっくりと開き出す。寝起きで少し濁った紫水晶が僕を捉えた。

「………………」

「おはよう、ルルーシュ」

彼は目を泳がせて周りを確認してからゆっくりと口を開いた。

「………俺は、ルルーシュというのか?」

「そうだよ」

「お前は、誰だ?」

澄んだ瞳で尋ねる彼。もう見慣れた光景ではあるけれどいつも愛おしいと思う。






彼と出会ってからもう3年になる。高校生だった僕は一浪を経て無事大学へと進学した。
彼に出逢ったあの日のことは、今でも鮮明に覚えている。
僕は高校の時から実家を出て一人暮らしをしていた。
その日もいつも通り空っぽの学生鞄を引っ提げて帰ると、アパートの僕の部屋の前に人間が倒れていた。てっきり酔っ払いか何かの類だと思った。しかし近付いてよく見ると、贔屓目にしたって彼は年下か同い年にしか見えなかった。実際の年齢は彼が覚えていないから分からないけれど(ちなみに彼の姿は出会った時から全く変わっていない)

「記憶喪失か………」

寝覚めのコーヒーを嚥下してから彼は感慨深げに呟いた。
正確に言うと彼の記憶喪失は世間一般で想像されるようなものとは一味違う。何か突発的な事故だとか精神的な病とかとも少し違うと思う。
ただ僕が出会った時にはもう既に彼から過去の記憶は失くなっていたから、これが先天的なものなのかあるいは後天的なものなのかは、想像に委ねるしかない。
しかし一つの事実として、彼が長い眠りから目覚めるとそれまでのことが全てリセットされる、そういう現象が起こることが挙げられる。
彼は普段あまり眠らない。まるで睡眠という人間の本能すら忘れてしまったかのように。
だが幾日かすると突然死んだように眠ってしまう。浅い呼吸を繰り返しながら(ベッドで眠ることもあれば、風呂場で寝ていたこともある。そういえば今回は夕食の最中だった)
一旦寝るとその眠りは深く1週間なんて余裕で眠り続ける。
そして目が覚めた時に必ず僕に尋ねるんだ。お前は誰だって。

「そんなに意外?自分が記憶を失くしたことが」

「あぁ……」

「だって君は自分の名前も分からないんだから、立派な記憶喪失じゃないか」

「確かにそうなんだが……妙に意識もはっきりしてるし自我もしっかりしてて…記憶喪失ってもっと不安になったり情緒不安定になったりすると思ってたから……なんか可笑しくてさ」

「君の神経が稀に見る図太さってことじゃない?」

「五月蝿いぞ」

こうやって軽口を叩き合いながら僕らはだんだんとまた日常へと溶け込んでいく。
彼は元々頭が良い部類の人間だ。状況把握も早いし、何より聡明だ。(記憶喪失の人間を形容するには少し合わない気もするが)
恐らく彼の忘れていることが、自分自身に纏わることのみに限定されているからだろう。
無駄に博識で、しかも読書好き。図書館に行ったら夜まで帰って来ないこともしばしば。(貧乏男子学生の部屋の蔵書数なんて雀の涙ほどだ)そしてとりわけ料理が上手い。彼の作る料理は絶品で、自炊なんてする気が無くなる。元から大してしてないけど。
頭が忘れても身体が覚えている。彼はただそれを頼りに生きている。
人格形成や人の存立基盤の一因となる過去だったり生い立ちだったりを失った彼が気丈に振る舞えるのは、その器に他者の想いが刻まれているからなのかもしれない。僕は常々そう思う。
儚さなど微塵も感じさせない彼の振る舞いは、僕を安心させて同時に不安にもさせる。

「でも多分大丈夫だよ。いつも通り暮らしていればすぐに記憶くらい戻ってくるって。安心して」

「あぁ。そうだよな……」

彼は眉尻を下げぎこちない笑みを浮かべた。
大丈夫。すぐに彼のいつもの笑った顔が見られる。僕は自分にそう言い聞かせた。
彼に本当のことを伝えたことは一度もない。僕らは昔からの親友。そういうことになっている。だって本当を知ってしまったら、きっと彼は僕の前から消えてしまう。
はじめましてが何度続いても構わない。ただ、さようならが怖いんだ。

「……でも階段から落ちて頭打って記憶喪失なんて……記憶を失う前の俺はそんなに間抜けな奴だったのか?」

「えっ……あぁ…たまたまだよ」






最初に出会った時の彼の所持品は極めて少なかった。だからすぐに見つかった。ジーパンの後ろポケットに押し込められた黒い革の手帳。身元を確認するものがないか調べたら、運良く手帳の裏表紙に彼の名前が刺繍されていた。
金の糸でルルーシュ・ランペルージと。
中身はただのスケジュール帳だったが、書かれていた内容は明らかに日記だった。
他人の日記を読むのは気が引けたが、彼の身元を少しでも把握しておく為に勝手に読んでしまった。

『○月×日 ナナリーに会いに行った。あのいけすかない親父は相変わらずだったが、ナナリーのリハビリも進んでいるようだし良しとしよう。誕生日まであと1ヶ月もあるが、プレゼントはもうすでに買ってあることは黙っておくことにした。クローバーのロケット。喜んでくれるといいんだが』

『○月△日 ロロとジノが遊びに来た。というより家に帰ったら、いた。ロロに鍵開けスキルがあったなんて知らなかったが、仕方ない。わざわざ料理を作ってやったというのに、ジノに元気がないと心配された。大きなお世話だ。でも言われてみれば最近眠りが浅くなった』

『○月□日 よく眠れないなら身体を動かしてみろ。会長の無理な提案のせいで女子の買い物に付き合わされた。言わなきゃ良かった。どうしてシャーリーにしろ会長にしろあんなに楽しそうに買い物が出来るんだ。でもシャーリーの買っていたワンピースは本当によく似合っていたから、あんなに喜ぶのも無理はないのかもしれない』

『□月○日 ユフィとコーネリア姉様に遭遇した。お茶にでもと誘われたが、どうにも身体の調子が悪かったから断ってしまった。ユフィが残念そうな顔をしていたが、姉様には顔色が悪いと指摘された。確かに不健康ではあるだろうが、そんなにか?みんなして。だが病院に行く時間などない。睡眠薬でも飲んでみるか』

『□月△日 目が覚めたらカレンとジノがいた。心配したから見に来たと言っていた。また不法侵入かお前ら。どうやら睡眠薬が効いたのかぐっすり眠れたが、3日も経っていた。身体に不調もなく、むしろ頭も冴えていたが市販の薬にしては強力すぎじゃないのだろうか』

『□月×日 薬のおかげか夜眠れるようになってきた。だが最近物忘れが激しい。家の何処に何があるのかも把握しきれなくなってきた。道で人に声を掛けられても誰だか分からないこともある。記憶力には自信があったんだが……』

『×月○日 ジノがよく来るようになった。あいつ住み着くつもりじゃないよな。でも時々あいつの話に出てくる人の名前が分からない。誰の話をしているんだ。元々交友関係はあいつより狭いけど、分からないのだから尋ねたっていいだろう。そんな信じられないって顔しなくたっていいじゃないか』

『×月△日 おかしい。何か大切なことを忘れている気がする。スケジュール帳には覚えのない名前が記されている。何日前に書いたんだろう。覚えていない。ナナリーの誕生日って……ナナリーって誰だ?』

『×月□日 朝早くにジノから電話があった。どうしたって聞いたら怒られた。何で誕生日パーティーに来なかったのかと声を荒げられた。だからパーティーって何のことだ。ナナリーが泣いてたって言われても分からない。急にジノの声が怒りから優しいものに変わった。胸と頭が痛い。分からないことだらけで、泣きたいのは俺の方だ』

『 今が何日なのか分からない。とりあえず寝ていたことは分かる。突然金髪三編みの男が現れた。自分のことが分からないのかと問い詰められた。知らないと答えたら、そんな訳ないと喚かれた。仕舞いには泣きそうな顔をされた。男はジノと名乗った。この手帳にも書いてある名だった。もしかしたら本当に俺が忘れてしまったのかもしれない』

『 目が覚めると写真が一枚枕元に置いてあった。いつ置いたのか知れないが、学生たちの写真だった。みんな笑っていて楽しそうだった』






ここで彼の言葉は終わってしまう。
そこまで見て僕は勢いよく手帳を閉じた。
見てはいけないものを見てしまった。
彼の恐怖と不安の塊。
彼の華奢な躯を見て無性に泣きたくなった。
それ以来、この手帳は開いていない。戸棚の引き出しの一番奥。永遠に見つけることが出来ない場所に、僕は彼の過去を閉じ込めた。






「今日は遅いのか?スザク」

「うん。ゼミが長引きそうなんだよね」

台所に立つ彼にそう告げてジャケットを羽織った。

「じゃあ帰ってくるのは明日の朝か」

「うーん……夜には帰って来るつもりだったけど」

「じゃあ、そうしろ」

ふいっと顔を逸らし拗ねたように呟く彼の横顔。
負けず嫌いで素直じゃない。性格の根本はいつでも変わらない。

「何?淋しいの?」

「……ッ馬鹿」

今日の彼は起きて3日目。もう大分この生活にも慣れてきた様だ。軽口も叩き合えるようになった。

「………もし俺が淋しいと言えば、お前は傍にいてくれるのか?」

唐突なその声はあまりに小さすぎて聞き逃してしまいそうなほどだった。
彼が弱音を吐くなんて初めてで正直驚いた。
男にしては長めの髪のせいで、俯き隠れた表情は窺えない。

「……ルルーシュ?」

顔を覗き込んで名を呼んだ。

「怖い。淋しい。だから俺のそばから離れるな。そう言えば、お前は永遠に隣にいてくれるのか?」

あまりにも真摯な眼差しで、そのアメジストにも似た瞳から目が離せなくなった。
今までは決して弱い部分など人に見せなかったのに。どうしたというのだろう。

「……一人でいるのは、嫌?」

頭に乗せた手を振り払われることはなかった。
今度の彼はいつもの彼とは少し違う。いや、それも違う。
今まで見せてくれなかった面を見せてくれているのかもしれない。それだけ僕に心を開いてくれていると自惚れてしまう。
僕は狡い。彼に真実を告げずここに閉じ込めて。

「眠るのが怖い。怖いから眠れない。もし俺の目が覚めた時、誰もいなかったらと思うと……」

ゆっくりと寄り掛かってくる彼を、静かに抱きしめた。

「…大丈夫。僕はいなくならないよ、絶対。君一人だけ置いて何処かに行くなんて出来ない。何があっても一緒だから」

「……ありがとう」

同じ恐怖を共有出来て嬉しかった。
彼が僕を頼ってくれて嬉しかった。
でも、これは……偽りの幸せで。僕は彼を騙してる。
背中に回される腕と微かに首にかかる彼の吐息。
彼の唇に軽く口付けを落とす。
胸が苦しくなった。






→「さよならをいうよ」






Title by 水性の魚

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