GEASS
重力解体 (スザルル)
現代高校生パラレル。
じゃんけんで押し付けられたゴミ捨て当番。
階段を軽快に駆け下り、近道のため非常口から外へ出る。
プラスチックのゴミ箱を蹴りながら、誰も通らない道を一人焼却炉へと向かう。
春がすぐそこまで来ている暖かい日で、思わず鼻歌でも歌いたい気分だった。
「♪〜」
誰もいないはずの所から、僕ではない声が聞こえた。
首を回して声の主を探す。だがすぐに歌は消えてしまった。
空耳かと思いまた歩き出すと、人影が見えた。
きっちりと制服を着込んだ黒髪の少年だった。
さっきの鼻歌は彼だったのかもしれない。そうじゃないかもしれないけど。
ただ、花の匂いが漂ってきた気がした。
きっちりと制服を着込んだ黒髪の少年は、実はクラスメイトだった。
いつも長い前髪と黒縁眼鏡で顔が隠れているから、意図して目立たないようにしているのかもしれない。話したこともないから分からないけど。ただし悪目立ちはしてしまっているらしい。
「なぁなぁ、やっぱりアレって、ラレてんのかなぁ?」
前の席に座るリヴァルが突然振り向き、こちらに身を乗り出して小声で尋ねてきた。
「……ラレてる?」
眉間に皺を寄せ彼に問い掛けた。
「イジメだよ。イジメ」
そう言った彼の視線の先には、例の黒髪の少年がいた。
今登校してきたばかりなのだろうが、自分の机と思しき物の前に立ち尽くしたままだ。
「イジメられてるの?彼」
「お前ホント他人に興味ねーなー」
きょとんとしながら尋ねると、リヴァルは馬鹿にしたような視線を僕に向けた。
彼のように情報に敏感な人間の方が僕にしてみれば不思議でならない。一体何処から拾ってくるんだ。
「何で?」
「何でって……何が?」
「何であの子がイジメられてるの?」
「そんなの俺に聞くなよ」
僕らの視線はまた立ち尽くしたままの彼に戻った。
机の上に、何か書いてあるのだろうか。人の心を傷つけるような言葉とか低レベルな罵倒とか色々。
クラスの視線は皆遠巻きだが彼に向いている。
教室の後ろから彼を見て笑う女子。
下卑た笑みで彼を嘲笑う男子(恐らくイジメの主犯たち)
その他同情の視線がちらほら。
憐れみにしろ何にせよどうせみんな面白半分だ。僕だって多分そう。興味本位で窺っている。彼がどうするのかを。
何も出来ないも何もしないも、こういう状況では罪は同じだ。見ていることしかしていなかった。それが事実。
彼は周りの視線に気付いているのかいないのか。それは計りかねるが、自然な動作で席に着いた。
「何か暗いし、いつも一人だし、授業も寝てばっかなのに成績良いし、変な噂も立ってるからじゃね?」
漸く友人が口を開いた。彼も少なからず安堵したのかもしれない。
「変な噂?」
「身体中の至る所にピアス開けてるとか、実は子どもがいるとか、年上の女と暮らしてるとか、背中にでっかい刺青があるとか何とか……」
「嘘くさいね」
口を突いて出たのは率直な感想。
「だけどさ、ほら、火のないトコには……さ」
「火自体が上がってない可能性もある」
イジメなんていう低俗な遊びには結局理由だとか意味だなんてモノはないのだろう。その場の雰囲気だったりノリだったり云々。
人間は周りの人間関係において優劣をつけないと安心出来ない生き物なのだと思う。何処かに見つけた少数派だったり、異端だったりが排斥の対象。人間の本質はきっと原始時代からさして変わっていない。
仕方のないことと諦めてしまうのも一つの手だ。彼のように無駄な抵抗はせず事態を飲み込むのも。だってきっと馬鹿達の方が先に飽きて止めてしまうだろうから。
鞄から文庫本を取り出し、真っ白い指先で彼はページを捲っていった。
だが無性に僕は彼が気になった。
抵抗しない彼を見て可哀想と思ったのでも腹が立ったのでもない。
ただ、見ていられなくなった。護りたくなったのかもしれない。
今日のゴミ捨て当番はリヴァルも道連れだった(昨日サボった彼と、またじゃんけんで負けた僕)
二人で焼却炉へ向かう途中、またしても黒髪の少年を見かけた。
「ねぇ」
「ん?何だ?」
「あっちって……」
彼が歩いていった方向を僕は指差した。リヴァルは大して興味も無さそうに目を遣る。恐らくあまり首を突っ込みたくないのだろう。それも賢明な判断だ。
「あぁ。あっちは確か……体育館の、裏?」
二人して顔を見合わせる。そんなベタな展開あるわけないだろうが、僕はゴミ箱を投げ捨て駆け出していた。
リヴァルの声が遠くに聞こえる。部活で培われてきた足がこんなところで役に立つとは。
彼の姿はすぐに見つかった。答えは簡単。他には誰もいないからだ。僕らの心配は杞憂に終わった。
入学して以来、全く足を踏み入れたことのなかった体育館裏は予想以上に殺風景だった。ただ、ひっそりと綺麗に整えられた花壇があるだけだった。
荒野のオアシス。大海原の無人島。空に浮かぶ緑の城。この場に溶け込んではいないミスマッチ感。それでも迷い込んだ僕の心を癒してくれた。
しゃがんで花に触れる彼の姿は、まるで花から花へと飛び回る蝶の様だ。
「そっか……あいつ園芸部だもんな」
漸く追いついたリヴァルが息を整えながらそう言った。
「そんな部活あったの?うちの学校に」
「まぁ、剣道部のお前には縁がないかもしれないけど、結構カオスだぜ?うちの学校」
「ふぅん」
「ちなみに部長」
「すごいじゃん!!」
「部員はあいつ一人だからな」
なるほど。
「……で、何で君はそんなこと詳しく知ってるの?」
「俺、これでも一応生徒会」
なるほど。
春に向けてだんだんと咲き始めた小さな花たちを慈しむ彼の姿はとても幻想的だった。
その時、突然大きな風が吹いた。
風によって彼の顔を隠す髪が揺れ、一瞬、彼の瞳が見えた。
真っ白い陶磁器の様な肌によく映える大きなアメジスト。
とくんと胸が高鳴った。
「花、好きなんだなー。まぁ花好きじゃなかったら園芸部なんてやんねーよなー。男子だし」
な、と呼びかけるリヴァルの声が隣にいるのにずっと遠くの声な気がした。
ただでさえ騒がしいうちのクラスだが、その日の朝は格段とざわついていた。
「おはよう」
遅刻ギリギリで登校してきた僕はドアの前に群がるクラスメイトに声を掛けた。
「おはようって、お前そんなのん気な場合じゃねぇよ」
リヴァルが耳打ちしてくる。
「何でさ?」
「やっぱラレてるって!!やばいよもう」
最初何のことを言っているのか分からなかったが、寝起きの頭をフル回転させ理解した。彼のことだ。
人の隙間から教室の様子を窺う。
彼の姿が見えた。
先日のようにまた自分の机の前に立ち尽くしている。
だが様子が違うのはその彼の机。机上に文字が羅列されているのではない。
花の生けられた花瓶が置いてあったのだ。悪趣味にも程がある。
しかしそんなことを考えるよりも前に僕は思わず大声をあげていた。
「あーーーーーー!!!!!」
実際に驚いていたのだ。僕だって。
あの花には見覚えがある。彼が大切に育てていたものだから。
突然大声をあげた僕に皆の視線が集中する。眼鏡の奥で彼も目を丸くしながら僕を見ていた。
「何やってんだよ、もう」
そう言いながら彼に歩み寄る僕を、後ろでリヴァルが制止していたような気がした。
「この花君が育ててたやつだよね?」
彼と向かい合うように立ち花瓶を持ち上げ尋ねる。
彼は言葉は発さずこくこくと頷いた。
「ひどいなぁ。折角咲いたっていうのに」
勿体無いなぁとしきりに呟く僕を切れ長の瞳が訝しげに見つめた。
「こんなに綺麗なのになぁ……」
少し頬を赤く染め、彼は俯いた。
「ね、この花僕が貰っていい?」
「へ?」
初めて彼の声を聞いた。嬉しくて満面の笑みを浮かべながら、僕は言った。
「だってこんな下らないことに使われて終わりじゃ花だって可哀想だよ。ちゃんと毎日水も取り替えるし、僕が出来るだけ長くこの花を生かすから、ね」
彼の返事を聞く前にチャイムが鳴った。僕はそのままの流れで花瓶を持ったまま自分の席へと戻った。
「おい、お前何やってんだよ!!」
とりあえず怯えた様子のリヴァルに怒られた。
「ねぇ、コレ見てよ。彼が頑張って育てたんだよ」
「そんなのどうでもいいよ!!お前これからどーすんだよ!?明日からお前が狙われるぞ!?」
リヴァルの視線はあの下衆な連中へと向いた。
僕も彼らを一瞥する。しかし目が合った瞬間に逸らされた。下らない奴ら。
「いいんじゃない?放っておけば。相手にしてるとキリないし。ああいう低レベルな連中は」
横目で彼らを睨んだ。こんなことで彼が救えたなんて思わないけど、そろそろ連中も自分たちのしてることの不毛さに気付いたのではないだろうか。と期待する。
「お前、容赦ねぇな……」
例によって今日もまたゴミ捨て当番(ちなみにリヴァルはサボリ)
部活には遅刻出来ないから、慌てて階段を駆け下り非常口の扉を勢いよく開けた。
すると目の前に驚いた顔の彼がいた。
「「うわっ!!」」
二人してそう声をあげた瞬間、バランスを崩した彼が後ろに転んだ。
「痛っ!!」
「だ、大丈夫?」
彼は何か大きな袋を抱えていた。きっと肥料か何かだろう。僕はゴミ箱を放り捨て座り込む彼に手を差し伸べた。
「立てる?」
お尻を擦りながら顔を上げた彼は、僕の顔を見た瞬間また顔を俯けてしまった。
「ッ!!」
「……どうかした?」
尋ねると舌打ちが聞こえた。
「……俺は別に助けて欲しいなんて思っていなかった」
ん?それは今日の朝のことか?
それにしても、初めてまともに聞く彼の声の何と美しいことか。耳に心地良いバリトンだった。
「知ってるよ。ああいうのは相手にしないのに限る。今日のはただの僕のお節介」
ニコリと微笑むと彼はアメジストの瞳を泳がせ口をパクパク開閉させた。何かを言おうとしては止め、を繰り返している様だ。黙って彼の様子を見ていると、漸くその瞳が真っ直ぐこちらに向けられた。
「でも………ありがとう」
耳まで真っ赤に染めながら彼は小さな声でそれだけ言い、照れ隠しからか急いでその場から立ち去ろうとした。
まさか感謝されるとは思っていなかったから僕も動揺していた。
「ちょ、ちょっと待って」
少し離れた所に立っている彼に声を掛ける。
「ぼ、僕……綺麗な花も好きだけど、花を育ててる君も好き。だから……今度は僕も一緒に手伝ってもいい?」
静かに頷く彼の耳は、後ろから見てもやはり真っ赤だった。
咲いたばかりの真っ赤な花を、可愛いと思った。そんな春の放課後。
Title by "ダボスへ"
もう将来二人で花屋でも何でもしてればいいと思う。
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