GEASS
そして遠退くスピカ
体力がほぼ皆無な彼をここまで連れて来るのは、本当に大変だった。
いっそ担いでしまおうかとも思ったが、それは彼のプライドが許さないらしく却下された。
で、僕らが今いるのは租界の中心にある大きな公園。
「大丈夫ですか?」
露店で買ってきたミネラルウォーターを差し出す。
「あ……あぁ……」
額に手を置き、完全にダウンしている彼がゆっくりと目線をこちらに向けた。
冬なのにすごい汗。上気した頬。まるでフルマラソンでも走ったような姿だが、実際走ったのはほんの数分だ。
「ただの水ですけど……飲めます?」
「あぁ、ありがとう。悪いな」
緩慢な動作だったが、ペットボトルをしっかりと握り一気に喉を潤していた。ごくんごくんとなる喉が、どうにも甘美で僕は思わず目を逸らした。
「お前も飲むか?」
心なしか顔色が良くなった殿下が、飲みかけの水を差し出してきた。
「………間接キス」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
呟いた言葉はどうやら聞こえていなかったようだが、その申し出は断った。彼は皇族の癖にどうにも庶民っぽくて敵わない。
「では、ご気分もよくなられたようですし………」
帰りましょうと彼に背を向けた。
その瞬間右腕を引っ張られた。どうやら彼がその反動で立ち上がったらしい。
「デートしよう」
「………は?」
後ろから聞こえる突拍子も無い台詞に、僕は口を開けたまま立ち尽くした。
「折角の機会だ。それに服も買わねばならない」
この格好では政庁にも帰れまいと、彼はボタンの全て取れた制服の前を広げた。
「ちょ、ちょっと……!!」
慌てて彼の腕を閉じさせる。皇族だとバレていないにしても、彼のような人間が上半身を曝すのは目に良くない。
「天気もいいし。絶好のデート日和じゃあないか、なぁ?」
上目遣いでそんなことを言われても……でも仕方ない。
多分僕が何を言っても聞かないだろうし、デートではないにしても、服は何とかしないと色々と後が怖い(コーネリア総督とかロイドさんとか、あと本国にもたくさん)
「……はいはい。お供しますよ、どこまでも」
にっこり微笑む彼の横に、僕は静かに並んだ。
『枢木スザク捕獲完了』
そんな訳の分からない一文だけのメールを見て、ロイドは珍しくもくすりと笑った。
ただあの人が傷付く姿は見たくなかった。それだけだった。
吉と出るか凶と出るか。ある意味賭けだった。
それでもやはり自分から知ることが、一番あの人のためだと思った。
「な〜に、笑ってるんですか?ロイドさん」
ロイドの姿がそんなに面白かったのか、含みのある笑みを浮かべながらセシルが現れた。
「ん?まぁ、上手くいって良かったなって」
セシルの脇を通り抜け、コーヒーを淹れにいく。
「このまま何もなければいいんだけどな〜」
そう呟きながらカップにコーヒーを注いでいると、パソコン画面を覗いていたセシルが声を上げた。
「あっ、ロイドさんったら、通信入ってるじゃないですか!!コーネリア総督から!!」
どうやら何も無いなんてことは無いようだ。
ロイドは思わず天を仰ぎ、
「ざぁ〜んねぇ〜んでぇ〜した〜」
と大声で叫んだ。
「似合うか?」
「……似合うも何も……」
下が制服のスラックスなのだから、合わせるのはワイシャツにジャケットになってしまうのは必然で、結局制服っぽいのは否めないと思うのだけど。
試着室のカーテンを開け、ポーズを取る彼を見てそう思う。
「なんだよ」
「いや……そもそも何で制服で来たんですか?他に私服とか……」
「いいだろ。一番目立たないと思ったんだ」
確かに同じ制服の学生なら、たくさん歩いてるから目立ちはしないだろう。服だけなら。
「で、どうなんだ?似合うのか、似合わないのか」
「……似合ってますよ」
くるりと回る彼を見て、何だか無性に愛しくなった。
目を細めて微笑むと、彼の人差し指が僕の唇に触れた。
「敬語は不自然じゃないか?普通の高校生がデートで敬語使うか?」
普通の高校生は男二人で出かけることを、決してデートとは言わないと思うけど……
「分かったよ、ルルーシュ」
彼はまた、嬉しそうに微笑んだ。
そのまま会計に向かう彼の後姿をぼんやりと僕はただ、見つめていた。
決して無理をしてる風には見えないのだけど、何だろう。彼との間に、少しの違和感。
「特派にも出番ですか〜?コーネリア総督?」
嬉々とした表情で画面に向かうロイドに対し、画面の中のコーネリアはその整った眉を少し吊り上げていた。
『相変わらず素直だな、ロイド』
「何があったんですか?こちらにはまだ何も連絡来てませんけど。テロ?爆破予告?暗殺?」
「ちょっ、ロイドさん!!」
後ろでセシルが嗜める。コーネリアは溜息を一つ吐いてから、その重たい口をゆっくり開いた。
『………テロが起こる可能性がある』
コーネリアにしては、まどろっこしい奥歯に物の詰まったような言い方で、ロイドとセシルは二人して、思わず訝しげな表情をしていた。
『租界の外れの工場で、昨夜ナイトメアが盗まれたんだ』
「えーーーーー!!!???」
後ろで素っ頓狂な声を上げるセシルに対し、ロイドは更に笑みを深くした。
『その通報があったのは今日になってからだ。まぁ誰もいない時間だし、仕方がないだろう。もちろんそのナイトメアも工業用だからまともに使えば、それほど危険度もないし、軍事用に比べればそれこそ………』
「でも誰かが改造して、テロを企てているかもしれないってことですね」
言葉を引き継いだロイドに、コーネリアがふむと頷く。
『そして先程、その工場からまた連絡があった。ナイトメアに付けた発信機が租界に向かっていると』
「発信機が付いていたのに、今まで分からなかったんですか?」
『その発信機自体が実験用だったらしく、何らかの誤作動で表示されていなかったようだ。その発信機が付いたナイトメアも一体しかないしな』
「それで、僕らのランスロットをその雑魚潰しに?」
戦いどころじゃなく、イジメになっちゃうねぇ〜とけらけら笑うロイドの頭を、セシルが小突いた。
『私の軍を出すほどでもないだろうし、この情報すら本当かどうか怪しい。発信機の誤作動の可能性もあるしな。いいだろう。行ってこいと言っているんだ。枢木の腕試しでもさせてやれ』
それはユーフェミア様のお気に入りだからですか?という言葉は飲み込んだ。
どちらでもいいことだ。
「でも今スザクくんいないんですよー」
『呼び戻せっ!!』
「早く彼にも携帯電話の所持を許可してくれれば……」
『……何か言ったか?』
「いえ、何も」
この人にこのことを言っても無駄か。
血だとか、髪や肌の色だとか、そんなので人の優劣が付くなんて普通の感覚ではおかしいと思うだろうに。
「そういえば、場所は何処なんですか?」
「租界の一番端にある、新しく出来たショッピングモール。恐らくあそこが最も狙いやすい」
ロイドは頬に冷や汗が流れるのを感じた。
「やっぱり新しい所は違うな。プリンも美味しい」
先程の洋服店が入っていたのと、同じショッピングモール内。
その中のカフェの一角で、彼はのん気にプリンをパクつきながらそう言った。
「美味しい?」
「あぁ。やらないぞ」
そんなに物欲しそうな目で見ていたのだろうか、僕は。
だとしたらそれは、きっと彼があまりにも美味しそうにプリンを食べるからだ。
奢った甲斐もある。僕は安っぽいコーヒーを一口啜った。
「あの、さ」
「ん?」
「聞かないの?………何も」
スプーンを口に運ぶ手を一旦止め、彼はきょとんとしながら僕を見つめてきた。
僕は目を逸らした。
「聞くって、何を?」
「何をって………」
色々在るはずだろう。
僕がゲットーに出入りしていたこととか、その理由。僕は疑われ、罰せられてもいい身分だ。
それなのに、彼は何も問わないつもりなのか?
その罰さえも、与えないつもりなのか?それは何故?
「俺が……知りたかっただけなんだ」
彼はいつもの「ルルーシュ」の顔で、こう告げた。
「お前のことを。枢木スザクのことを」
その瞬間。大きな爆発音と共に爆風が店内に流れ込んできた。
Title by "9円ラフォーレ"
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