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GEASS
こどもがこどもでいられるように






「ルルちゃーん!!心配したのよ。大丈夫?」

ルルーシュが意識を取り戻した次の日。甲高い叫び声を上げ病室に現れたのは

「かっ、会長!?」

金髪碧眼の美女、ミレイ・アッシュフォードその人だった。ルルーシュの驚きの言葉の通り、彼女は彼が本国で学生をやっていた時の生徒会長だ。そして名字の示すアッシュフォードとは、ルルーシュの母親マリアンヌの後ろ楯をしていた貴族の名。
ミレイはそういった経緯から何かとルルーシュやナナリー、そしてロロを何かと気にかけているのだ。

「ど、どうして会長がそのことを?」

「たまたまよ。偶然エリア11に来る用事があって、じゃあどうせならルルーシュいじってやろうって思ったら、こっちに着いた途端、テロに巻き込まれたって聞いて!!もう私どうしようかと!!もうルルーシュで遊べなくなったら……って考えただけで居ても立ってもいられなくなっちゃって、来ちゃったわけ」

ミレイのマシンガンの如き言葉の嵐を聞き、ルルーシュは一度大きな溜め息を吐き出した。
そしてゆっくりと

「俺で遊ぶって何ですか……」

とツッコミをいれた。

「でも本当に良かったわ。あなたが無事で……」

ベッドの横の椅子を引き、腰掛けながらミレイは言った。慈愛に満ちた優しい声音と表情だった。

「……それはどうも」

その時ルルーシュはミレイの目尻がほんの少し赤くなっていることに気付いた。照れ臭い気持ちと嬉しい気持ちが混ざり合う。しかし素直に成りきれないため、そっぽを向いてぶっきらぼうにそう言った。ミレイはそんな彼を見てまた微笑んだ。

「で、噂のあなたの騎士は何処?」

「噂?」

好奇心を目にたぎらせながら尋ねてくるミレイにルルーシュは

「ユフィがよく話してるの。スザクが、スザクがって」

「あぁ……ユフィが」

そういえばユフィは俺と入れ違いにアッシュフォードに入学したんだったなと、ルルーシュは最後に見た妹の姿を思い出す。確か嬉しそうに制服を着ていた気がする。

「そうそう。ユフィもナナちゃんも、シャーリーもリヴァルもニーナも元気よ。みんなあなたに会いたがってる」

「本国にこの事件のことはまだ伝わってないんですよね?だったら、俺は元気だって伝えて下さい」

「……分かったわ。そう言っとく」

会長は悪戯を思いついた子供の様な顔をした。

「で、何処にいるのよ?」

「そんな一々把握してませんよ。特派のトレーラーか政庁か……運が良ければ病院に来てるかもしれませんけど」

「なぁに?まさか全然会ってないとかじゃないでしょうね?」

「……そういえばそうですね」

会長は肩を使って大きくため息を吐いてから

「もう何なのよそれー折角楽しみにして来たのにー」

そう言って唇を尖らせた。
俺は仕方がないから正直に言った。

「顔、合わせ辛いんです。きっと」

「………え?」

「俺が、じゃなくて、あいつが、ですけど」

ミレイは眉間に皺を寄せた。

「あいつは今回の事件にすごい責任を感じているんです。俺が勝手にやったことであいつは何も悪くないのに」

ミレイが困った様に微笑んだのに、ルルーシュは気が付かなかった。
全てのことを自分だけで背負い込もうとするのは、ある意味他者を排斥していることと同じだ。誰かを関係ないと言い切ることは無関心と同じくらい罪が重い。
誰かの為と思ってしていることが、本当は何よりもその誰かを傷つけることもある。
彼の、いや彼らの優しさは諸刃の剣だ。
彼らはそのことに気付いているのだろうか。

「俺は女の子を助けようとしたんです。今にもテロリストに撃たれそうになった女の子を。その子が、あの事件の時のナナリーと被って……」

「………………」

「……全て俺のエゴでしかなかったんです。救われたいって思ってた俺の。でも結局俺はその子を助けることなんて出来なかった。また間に合わなかった」

「………………」

「なのにあいつは言ったんです。俺に、女の子は無事だって……」

そこでルルーシュは言葉を切った。

「あいつは優しすぎる。騎士になんてしちゃいけなかったんです」

気丈な彼はきっと泣くことを止めてしまったんだ。
だってこんなにも心で泣いているのに、涙が一粒も零れない。
どうして、人は、優しさで傷つけ合うのだろう。
窓から見える異国の青空に、ミレイはそう問い掛けた。






ミレイが病院の中庭を歩いていると、ベンチに腰掛けている一人の少年を見かけた。
あれは確か特派の制服だ。

「こんにちは。もしかしてあなたが枢木スザクくん?」

日本人だからか、それとも彼が元々童顔なのかもしれないが、年齢よりずっと幼く見える。
翡翠の大きな瞳を瞬かせる様は、年相応のただの少年の姿だった。

「あの、あなたは……?」

「私はミレイ・アッシュフォード。ルルーシュの友達よ。よろしくね」

手を差し出すと、恐る恐るではあるが手を握ってくれた。まるで動物を手名付けている様な気分になる。

「ルルーシュ殿下のお友達……?」

「えぇ。学校で先輩だったの、私」

「はぁ……あっ、申し遅れました自分は枢木スザクと言います」

ルルーシュの友達と聞いて、身分の違いを感じたのかスザクは急に立ち上がりミレイにベンチを譲った。

「そんな畏まらないでいいわよ。私そういうの気にしないから」

ミレイは自然な動作でスザクに隣を勧めた。スザクは軽く会釈をし、ミレイの横に腰を下ろした。

「それにあなたのことも知ってるわ。ユフィからもルルーシュからも聞いてるから」

「ユフィから?」

「えぇ。学校が同じなの」

ユフィと聞いてスザクが複雑な表情をした。

「……ユフィには、何も話さないで下さい。きっとがっかりする」

「どうして?」

「だって僕はルルーシュの友達になれなかった。彼を護ることも出来なかった。ユフィの期待を裏切ったうえ、二人の顔に泥を塗ってしまった……」

ルルーシュもスザクも、自分自身を好きになることができないのだ。だからいつも自分を責める。そして優しさを同情と受け取ってしまう。
本当にユフィとルルーシュを大事に思うなら、彼らが泥を塗られただのと思うはずがないことぐらい考えずとも分かる。

「本気でそう思ってるの?」

「はい」

「あなた、もしかしてユフィやルルーシュがわざわざあなたに優しくしてくれているって思ってる?」

「……そうじゃなかったら有り得ないでしょう。ユフィはともかく、ルルーシュ殿下は厄介ごとを押し付けられてしまった被害者です……本来なら自分とルルーシュ殿下は出会うはずもなかったんですから……」

スザクが困ったような表情を作る。細められた翡翠の瞳は鈍くどんよりとしていた。

「自分が嫌いなのね」

「自分のことが好きな人なんているんですか?」

「少なくとも自分のことを好きになれない人は、他人のことも好きになれないわよ」

スザクの眉間に一瞬皺が寄る。

「僕に……人を好きになる権利なんてありません」

人を愛してはいけない人なんていない。愛されてはいけない人なんていない。それは死んでいい人間がいないのと同じくらい大切なことだ。
だが、ミレイはそれを伝えることが出来なかった。
その言葉が言える程、自分は彼のことを知らない。無責任な言葉は決して心には届かない。

「……ルルーシュ、言ってたわ。あなたは優しいって」

「えっ……?」

スザクは大きな目を更に大きく丸く開いた。

「だから安心したの、私。大丈夫だって。ルルーシュは素直じゃないけど、無意味な嘘は吐かないわ。あなたもルルーシュに似て、ちょっとめんどくさい人ではあるけど……私もユフィと同じで、あなたとルルーシュはいいコンビだと思ったわ。これからもあの子のことよろしくね」

ふわりとワンピースを揺らしてミレイは立ち上がった。

「ミ、ミレイさんッ!!」

歩き始めたミレイを慌てて呼び止め、スザクも急いで立ち上がる。

「なぁにー?」

「ありがとうございました」

軍人らしいお辞儀の仕方に、ミレイは思わず苦笑した。

「今度本国にも遊びに来てよ。ルルーシュ連れてさ」

「はい」

「あなたは、ちょっと人より不器用なだけだから。だから、自分のことそんなに嫌いにならないで。それに私は好きよ。そういう不器用な人」

「えっ……?」

「じゃあね、スザクくん」

ひらひらと手を振り、顔を赤く染めたスザクを置いてミレイは中庭を後にした。






「あれぇ?来てたのミレイくん」

特派のトレーラーに行くと、相変わらずの薄汚れた白衣とボサボサの髪のロイドが、やはりいつも通りパソコンと向かい合っていた。

「来てたわよ。悪いですか?」

「別に悪かないですけど……先に連絡ぐらい入れといてくれないとこっちもいろいろ……」

「連絡、入れましたよ?どうせまた留守電聞いてないんでしょう、ロイドさん」

「……あらら」

とても婚約者同士の会話とは思えないが、ロイドだからこそミレイは等身大の女の子でいられるのかもしれない。

「……コーヒーでも飲みます?」

罰悪そうにロイドが提案する。ミレイは驚きで笑いそうになった。

「はい。ありがとうございます」

ぽてぽてとスリッパを鳴らしながらコーヒーメーカーへと向かうロイドを見て、ミレイはふわりと笑った。
親が勝手に決めた婚約者ということで最初は反発もした。しかしこうやって頻繁に会いに来ようと思うのは、自分の心からだ。なんだかんだ言ってミレイは彼との関係を気に入っている。

「本当はただあなたとルルーシュに会いに来るだけのつもりだったんだけど……お見舞いになっちゃったわ」

「本国にはもう?」

「いいえ。まだ噂すら立ってないわ」

多分、なかったことにするのだろう。ロイドは直感的にそう思った。あの弟大好きな第二皇子が、いつまでもスザクを野放しにしておくはずがない。今回の事件を伏せておくのも、いつかの為の布石だろう。
ロイドは漸く出来たコーヒーをミレイに渡した。

「慣れないことはよくないね」

「ふふ……そういえば、スザクくんにも会ったの。あの子もルルーシュとそっくりね。頑固で、人に頼ることを知らない」

「甘えるとか頼るってことを知らないで育つと、人間ってあんなに頑なになるもんなんだね。吃驚するよ」

僕みたいに柔軟な人間を見習えば良いのにと呟いたロイドの言葉は、見事にミレイに無視された。

「子供は笑って甘える為に生きてるのに……甘えることを知らない子供がこの世界にいるなんて……哀しすぎるわ」

子供が苦しむということは、そんな世界を大人が作ったということ。大人の後始末を子供が引き受けるなんて間違っているはずなのに、自分に出来ることはあまりにも少ない。

「だからさ、きっと僕らが何とかしなきゃいけないんだろうね。彼らが、子供らしく在れるように」

「なんだかんだ言ってロイドさん、スザクくんのこと気に入ってるでしょ?」

「何それ?言わなきゃダメ?」

ふふっと笑ったミレイがコーヒーを一口、口に含む。
あまりの苦さに顔を顰めた、晴れた日の午後。






Title by "ダボスへ"

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