GEASS
吐き出せないチョコミントとあなたの類似
素行の悪い生徒というものは、とかく空の見える場所に集まりたがるものだ。
とどのつまり屋上。
俺も先生、むしろ世間一般的に大人と分類される存在へのささやかな反抗心から、その習性に従い、クラスという群れから抜け屋上にいることが多い。
俺の場合イジメをしたりだとか、カツアゲしたりだとか、不純異性交遊の果て子供孕ませたりだとか、そんな世間知らずの餓鬼のするようなこともせず、ただ屋上で寝ているだけなのだから、誰にも迷惑をかけていない。
寝たいから寝る。
人間の本能に従って何が悪い。
俺に怒る理由はないはずだ。
俺なんかに時間を割くぐらいなら、トイレに落ちてる煙草の吸殻でも始末するべきだろう。
そっちの方がよっぽど問題ではないのか。
一応俺達は未成年だろう。高校生だし。
「やっぱりここにいたんですね、枢木くん」
屋上の扉が開き、扉の軋む音と共に、黒髪の少年が現れた。
「開放感を求めて?でももう今日も授業は終わりましたよ」
「寝る場所探してただけ」
「今までは教室で寝てたじゃないですか?」
ルルーシュ・ランペルージ。
この間俺のクラスにやって来た転校生。
転校初日に色々あって、それから何かと俺に構ってくるが…元々対人コミュニケーションは得意ではない俺だ。
話しかけられても、上手く対処しきれないし、どうして俺に構うのかも不思議でならない。
「…その敬語、止めてくれないか?気持ち悪い」
でもお前がいるから、教室にいけない…なんて死んでも言えない。
その端正な顔の口元を吊り上げ、してやったりと微笑むのが目に浮かぶ。
それだけは嫌だ。
これ以上弱味を握られたり、馬鹿にされてなるものか。
「でも学校ではこのキャラなので…」
目の前に佇まれ、俺に影が落ちる。
細く長い手足、腰の辺りなんて女よりも細いな、絶対。
俺はそんな趣味の持ち主ではないから、細くても柔らかくないものなんて、抱きたいとも思わない。
「今ここには俺達以外誰もいないし、平気じゃないか?」
「そうか…そうだね…」
そう言いながら、ルルーシュは俺の顔の横に手をつき、ゆっくりとしゃがみこんだ。
俺はまんまと背を預けていた壁と、目の前の奴に挟まれた訳だ。
「二人っきりだ」
耳元で甘く囁かれ、感覚が鈍る。
少し潤んだ紫の瞳が上目遣いで、俺の翡翠の瞳を捉えると、今度は唇の神経を奪われた。
「ふ…んっ…」
ダメだ。
こいつとキスをすると、脳髄が溶けていくような気分になる。
もう他に何も考えられない。
貪りつくしたい。
『下手くそ』
『そんなキスじゃおちる女もおちないな』
この前、目の前の男から放たれた言葉が脳内でリピートされた。
「いたっ!!」
俺は咄嗟にルルーシュを突き飛ばした。
「……なんなんだよ…一体…」
唇を袖で思いっきり拭い、尻餅をついている奴を睨み付けた。
「最初は抵抗しなかったくせに…」
「うるさいっ!!」
「気持ちよかっただろ?」
余裕のある表情で、また上目遣いで見つめられた。
不覚にも胸が高鳴る。
「よくないっ!!そもそも俺にお前のような趣味はないっ!!」
「折角上手なキスの仕方を教えてあげたのに」
「はぁ?」
「習うより慣れろってね」
そいつはどうもご教授ありがとうなんて、俺が素直に言うとでも思ってんのか、このホモ野郎。
ふいにルルーシュが上着の内ポケットから、黒縁の眼鏡を取り出した。
「…眼鏡…?」
「今日のお客さんのご嗜好だ。似合うだろ?」
黒い眼鏡をかけ、益々インテリっぽさが際立ったルルーシュは、勝ち誇ったように俺を見ながら立ち上がった。
「よくもまぁバレずに学校なんて通えてるもんだ」
「理事長も公認だからな」
なんだ?理事長までもお得意様だと?
この学校は有名私立高校のはずでは…と俺は自分の記憶を疑った。
「じゃあな。枢木くん。精々キスの練習でもしておくんだな。俺を満足させたいんだろ?」
「そんなこと言っていない!!」
「あれ?なんと言っていたんだ?」
「お前の被ってる猫を全て剥ぎ取ると言ったんだ」
「今の君では、俺の衣服一枚も脱がせないな」
鼻で笑いながらルルーシュは、眼鏡をくいっと上げた。
そんな仕草すらも…きれい…だと思えるこいつは、絶対に男として可笑しい。
「それに仮面などあって困るものでもない。なければ生きてはいけないがな。素の自分なんて、本当は何処にいるんだろうな?」
ギリシャ彫刻さながらの整った顔が、一瞬哀しそうに微笑んだ。
始めて見る、年相応の顔だった。
「お前は被るべき仮面も、わざと被っていないくちだろう?内心では仮面を被った方が生きやすいと知りつつも、あえて無の、素の自分を偽ることなく演じている。羨ましいよ」
意識したことはなかったけど、そうなのかもしれない。
幼い頃から、世界は美しいものではないことを知っていたから。
自分を偽ることを止めたのは…いつだったろう?
「お前は、被る必要があるのか?」
「生きやすいだろ?その方が。それに、本当の自分なんて、自分が一番大切だと思ってる人に知っていてもらえば、それでいいじゃないか」
確かに。それは頷ける。
俺のしていることは、未来への苦しみを知らない者の甘えとしか、こいつの瞳には映っていないだろう。
それでも―
「おっと時間だ。またな」
軽く触れるだけのキスをして、ルルーシュは扉の向こうへと消えた。
校門の方へ目をやると、真っ黒い車から、緑の髪の女が出てきた。
「秘書までいるのか?あいつ」
女の姿を見つけるや否や、ルルーシュは慌ててその女を車の中に押し込み、自らも急いで助手席に乗り込んで、風の如く去って行った。
「そりゃマズいよな…噂でもたったら…」
運良く校庭には誰もいなかったため、ルルーシュの噂がたつこともないだろう。
「仮面、ね…」
俺の呟きは夕焼けに染まる流れる雲と一緒に、消えて言った。
「あれほど学校には直接来るなと言っただろう!?」
ルルーシュはシートベルトを締めながら、無謀な運転をする緑の髪の女を怒鳴りつけた。
「お前が約束の時間を過ぎても来ないからだ。クライアントとの時間に遅れたら、どう責任取るつもりだったんだ?これ以上こちらでも面倒見切れないぞ」
「あぁお前には感謝してるよ、C.C.」
C.C.と呼ばれた女は、ルルーシュの棒読みの感謝の言葉を鼻で笑った。
「それにしても、何をしていたんだ?まさか学校で、お勉強会でもやっていたんじゃないだろうな」
「似たようなものだ。キスの練習相手をしてやっていた」
ルルーシュが自嘲した風に笑うと、C.C.は訝しげに眉を顰めた。
「お前がキスの練習台か?これまたとんだお高い練習相手だな。相手は相当なお坊ちゃまか?」
「枢木スザク」
ルルーシュの口からその名が呼ばれ、一瞬、車内の空気が凍りついた。
「…おい…まさかお前…?」
赤信号で車が止まったため、C.C.が運転席から身を乗り出し、隣に座るルルーシュの顔を覗き込んだ。
「おいおい止めてくれ。目的の為に必要なだけだ。奴にはせいぜい、俺の手の上で踊ってもらうつもりだよ」
悪魔のような笑み、そう呼ぶのが相応しいだろう。
美しい顔を一層際立たせる妖しげな笑みを、ルルーシュは浮かべた。
「そうだったな。私たちの目的は一つだ」
「そのために、近付いただけだ…あんな男」
信号が青に変わり、C.C.はまた前を見てアクセルを思いっ切り踏んだ。
だから彼女は気付かなかっただろう。
唇にそっと手を置いたルルーシュの瞳に、影が差したことを。
Title by "F'"
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