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特別開架
出歯亀とトーテムポール(銀魂/鬼兵隊)

ほのぼの仲良し鬼兵隊。










今日も今日とて紫煙が夜空に消えてゆく。毎日毎日煙管から煙を立たせている男を、また子は物陰からじっと見つめていた。

その男は女と見紛うような優美かつ端整な顔立ちをしていたが、人を化かしてとって喰わんばかりの獣様な目付きと皮肉ぶったような表情が常に殺気立った雰囲気を漂わせている。


それもまた悪くはないとまた子は思うが、月影の開け放した窓に腰掛けて煙管を吸うときの、微妙に安らいだ様な表情が見ていて何とも心地好いと感じる。初めて見たときは腰を抜かすかと思った。常に、いかにも気の立っているというような表情や嘲笑うような顔をしているあの男も柔らかだとさえ思える顔をするのである。


男はそうして毎晩煙管を弄ぶのが習慣と化している様なので、彼女もまた毎晩男を観察するのが日課となった。



小半時もすればしゃがみこんだ足も疲れてしまうし、何より衾の隙間から出歯亀の様にしているのは挙動不審であり、上司たるあの男(しかもまた子の属する組織の総督である)に知れてしまえばどのような咎めがあるか知れない。
そうして今日もまた子はゆっくりと踵を返そうとしたその時だった。

「おい」

男である。紛れもなく男の声なのである。心臓の毳立ったまた子は冷や汗をたらすばかりで口が聞けなかった。もしや誰か別の人間が部屋の内にいたろうか、それとも何かしらの独り言だろうかと滝のような思考を巡らせるも、男の声が再びまた子の思考を塞き止めた。


「また子」


名を呼ばれ、彼女は腹を決めたのか音もなく衾を開け、しずしずと部屋の畳を踏んだ。

「晋助様…すみませんっス…!あの…」

必死の形相で口を開けたり閉じたりしているまた子を一瞥して、男、高杉晋助はフンと鼻で笑った。

「えれぇイイ女の出歯亀じゃねぇか」

こんな場面でも『イイ女』という言葉に反応してしまう自分を浅ましく思いながらもまた子は頭を下げ続ける。

「申し訳ないっス!これは…ちょっとした出来心というか…その」


ちらりと顔を上げて晋助を見ると、また子とは逆に俯いた晋助が見えた。長い前髪が邪魔をして表情は見えないが、肩や煙管を握る指先が微かに震えている。

「…晋助様?」

具合でも悪いのかと心配になったまた子は晋助に歩み寄り、顔を覗き込んだ。


笑っていた。

いつもはりつめた表情ばかりをしていたあの男が、笑っていた。吹き出すのを耐えるようにふるふると小さく震えている。眉が下がっていて、苦笑しているようにも見える。とにかくまた子はまたも唖然として固まっていた。


やっと笑いの発作の治まったのであろう彼は、泪眼になりながらまた子を見遣る。


「お前、何をしてやがった」

声は平静の彼そのものであったのでまた子は頭を混乱させ、どぎまぎしながら嘘をつく。

「いえ、その…晋助様の護衛をと…」

「護衛が小半時で帰るってか?」

鋭い眼がにやりと笑う。

「…!あ、その…すみませんっス!」

「まァ好い、座れ」

また子は罪人の様な面持ちで晋助のいる窓辺の前に座る。

「で、どうだ。何か面白ェモンでも見えたのか?毎日毎日飽きもせずによ」

また子は顔の温度がこれ以上ない程に上がるのがわかった。覗きという変態的な日課はとっくに男には知れていたのである。先程迄の必死の弁解を思い出して叫び出したくなった。と、同時に今度は顔の血の気が勢い良く引いてゆくのが感じられた。総督を毎晩覗きの標的にしていながら弁解に嘘までついてしまった。自害を命ぜられてもおかしくない気がしたのである。


「案ずるな、何もしやしねェよ…ただ、お前の様子が滑稽でなァ。」

そこまで言うと晋助は再び笑い出した。先程の様な発作的な笑いでなく普段の様に喉の奥でくつくつと笑った。また子は自分の思惑が丸判りであることに再度頬を紅くした。


「まァ確かに月見にゃァこの窓が一番だからな。別に咎め立てはしねェよ」

そう言って彼は煙を吐きながら月を見上げる。月影に、濃紫に光る髪は軟かに揺れた。

「…但し、覗きはもう止めろ。見たけりゃ好きにしな」

「晋助様…」

また子は安心と喜びで眼の奥が熱くなった。常に他人を拒絶する彼のことだ、彼女はもう部屋に近づくなと言われるのを想像していた。



月灯りに紫煙が昇り続けているのが美しかった。
晋助は、また子が執着していた表情で月を見上げ、そしてまた子を見遣った。
また子は彼が夜空に熔けてしまうのではないかと思った。






あの日から毎晩、また子はその部屋に酒とつまみとを提げて通っている。晋助と二人でいるといかに口数の多いまた子といえど沈黙は免れない。晋助にとって騒がしい口は好みでないのかもしれないが、どうにも沈黙の苦手なまた子は酒を飲んで間を持たすことにしたのだ。


「晋助様」

衾の前で声をかけ、返事を待たずに衾に手をかけ部屋の畳を踏む。

また子が入って来ても晋助は無反応である。毎晩そうであるからまた子も慣れたもので、肴を出し、盃を二つ取り出して片方を晋助に差し出す。晋助は無言で受け取った。

酌をしながらまた子は思う、この時間が一番好きだと。

今日は大きな満月が輝いていた。


とん、と煙管の灰を落とし盃を一息に呑んだ晋助は、盃を膳に置くために屈み、そのまままた子の耳元に顔を近づけた。

「…見ろ」


「!…はい?」

突然の接近に、また子は心臓がとびあがった。男の整った顔が間近である。なにやら良い香りすらするのであった。

しかし心臓の早鐘が男に聞こえてしまわぬうちに彼の目線で示す先に眼を向ける。


そこには明るく月灯りに照らされ、白く光る衾。
よく見ると2枚の戸は薄く隙間が開いている。

月灯りのお蔭で戸に挟まるようにしてあるものがはっきりと見えた。


また子の先輩にあたる、万斉と武市、似蔵の3人の顔が一列に並んでいるのであった。



くつくつと、俯いて晋助は笑う。つられてまた子も笑い出した。


確かに覗かれるのは気分の好いものではない。が、自分もあんな風にここから見られていたのだと思うとなんとも間抜けなものである。しかも3方とも何か必死の形相に見えるのだ。


また子は晋助の顔を振り仰いでこの状況をどうするのかと見遣った。

晋助はどこか愉快げにまた子の耳元で囁く。


「さぁてな…出歯亀の先輩としてはどうする?」



この穏やかな時間を壊されたくないのと、暫くはこのままにして見せつけてやりたい気持ちもあったが。


「こらァァァ!そこで何してるんスか!!晋助様の御部屋を覗くとは言語道断!河上先輩と似蔵は武市変態に変態を伝染されたっスか!?」


「ずるいでござる晋助、こんな好い場所でこんな猪女と2人で月見とは…拙者も交ぜて欲しいでござるよ!」

「誰が猪女っスか!」

「さぁ準備はできてんだ…呑もうじゃないか…」

「似蔵!あぁもう勝手に呑むな!その酒高値かったっスよ!?」

「また子さん、私は変態ではない、ただのフェミニストです!そして敢えて言うなら覗きよりペド…」

「死ね!」



あのまま覗かれるのは居心地が悪いし、また子自身が衾の前で名を呼ばれたときの顔の熱さを思い出し、いつもの様に大声で叫ぶ。

騒がしいことこの上なかったが、また子の心は弾んでいた。

少し惜しい気もするが、皆で月見も悪くないだろう。

何より、後ろで騒ぎとはまるで無関係であるかの様に煙管を弄んでいる男。

彼もそう思っていると、また子は感じた。





今日も今日とて夜は更ける。

月は低くも輝いて、紫煙は夜空に消えていった。

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あきゅろす。
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