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短編
リョーマくんに切ない片想い

※桜乃ちゃん出てこないけどリョ桜前提



「越前くん」

また来た。

「ねえ、」

「……」

「ねえってば」

「……」



「リョーマくん」

「……名前で呼ばないでよ」

しつこい呼びかけに振り返れば、そこには見知った顔。最近嫌に俺にしつこく接してくる、名字名前だ。

どうやら彼女は、俺の事が好きらしい。告白されたのも、好きな奴いるから。とそれを断ったのも、実は最近のことだ。付き合う気なんてないのに、コイツは次の日にケロリとした様子で俺の前に現れ、「諦めないよ」そう言って、笑った。その時の笑顔が嫌に頭に張り付いてしまい、俺は何も言えなかった。




「あは、やっとこっち見てくれた」

「……なんか用?」

「いや、見かけたから話しかけただけ」

「……」

「やーん、その冷たい目がたまらんよ」

「アンタ暇なんだね」

「あなたの為なら時間なんて惜しまないわ!」

「ウザイ」

「いやね、委員会終わって帰ろうと思ったら越前くんがいたからさ。部活、今日休みなんじゃないの?」

「自主練してんの」

「ふーん」

興味なさそうだな。自分から聞いたくせに。


「委員会なんてだるくてしょうがなかったけど、いいことあったから良しとしよう」

「いいこと?」

「越前くんに会えたもの」

「……」



名字の気持ちに答えられる自信がなかった。だって、俺の中には彼女ではない存在が既にあって。そんなこと、名字だって分かってるはずだ。なのにどうして、彼女はこんなにも嬉しそうに俺の名前を呼ぶのだろう。初めから分かってる結末ほど、残酷なものなんてないのに。照れくさそうに笑う名字を見るたびに、俺は心臓を掴まれたような痛みに襲われた。

「ねえ越前くん」

ふいに、名字が俺の正面に立ち、真面目な顔で真っ直ぐに見つめてきた。あ、ダメだ。名字が真面目な顔をする時は、決まってあれを言う時だ。

夕日をバックに立つ彼女はなんだか幻想的で、触れたら消えてしまうんじゃないかとさえ感じられた。

「……、」


もちろんそんなことはあるはずないし、現に彼女は俺の前にいる。


「越前くん、あのね、」

「やめろ」


名字の言葉を遮るように、俺は言った。聞き慣れたはずの言葉が、いつの間にかこんなにも俺を苛むものになっていた。名字の顔が見れなくて、夕日が眩しいから、そんな言い訳を見つけて俺は不器用ながらも視線を下に落とした。

そんな俺に、彼女が小さく笑うのが分かった。そして、優しい声色で言うのだ。


「越前くん、私ね、今がとっても幸せなの。毎日が楽しいの、学校に来るのが楽しみなの。早く明日になあれって。これって、幸せじゃない?」


「……」

「困らせちゃうのは分かってるの。でもね、私ワガママだから…」

「…、」

「リョーマくん」

「…うん」



名字が何を言いたいのか、俺にはいまいち分からなかった。それでも、直感的に彼女が伝えたいことが分かったような気がして、ゆっくり顔をあげれば、名字の黒目がちな瞳と俺の瞳がかち合う。その表情はいつもみる柔らかい笑顔で、少しだけほっとした。けれど、安心したのもつかの間。


「私は、」

「ぁ…、」

「リョーマくんが大好きだよ」


見慣れたはずのその笑顔が、少しだけ寂しそうに見えた、気がした。




君の手に涙、僕の瞳に笑顔

(どうして俺が好きになったのは、君じゃなかったんだろう)

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