おれを嫌いになってくれ。
06
秋塚と別れ一人で生徒会室を出ると、酷使した腕が鈍い痛みをうったえた。
「やっぱり…気付かれてたか」
先ほど秋塚が見せた物言いたげな眼差し。
一年前、紀野を転校にまで追いやった原因は、全校のだれも知らない。
当事者である紀野と縁司を除いて――。
紀野は失恋したことを口にしなかった。振られたせいで傷付いた自分を知れば、遠野が気にすると思ったのかもしれない。
しかし彼の傷心はあきらかであった。かわいいと口々に讃えられた瞳は赤く腫れぼったくなり、顔はむくみ髪も乱れていた。
様子が気にかかり、一度寮の部屋を訪れたときのことをよく覚えている。
食事もせず、睡眠も取らずに泣き続けたのだろう。
かける言葉も見つからず、真実を話すこともできず部屋を出るしかなかった。
(遠野と紀野は両想いだった…)
見るも無惨な紀野の姿を、遠野は目にしたのだろうか。
それはどれほど遠野に衝撃を与えただろうか。
「あの紀野を見て、きっと…遠野の気持ちは冷めた」
それまで生徒会と風紀委員という枠を越えなかった縁司と遠野の距離に、変化が生じた。
仕事のことからプライベートに関わる内容まで、遠野から質問されるようになったのだ。
まるで友好を育もうとでもいうような行為に、縁司はいいようのない悲しみに胸を貫かれた。
紀野とは同じクラスで、友達と呼んでもいいくらいだった。
すぐにわかった。
遠野は失った心の穴を、紀野の友達であった縁司で埋めようとしているのだと――。
(俺は二人の人生をめちゃくちゃにした。紀野を転校に追いやり、遠野の大切な人間を奪った)
それでどうして、自分の恋心を残しておけるだろう。
あんなものはもういらない。友達もいなくていい。
目立たず、何事もなく高校生活を終えられれば、それだけで俺は――。
「――」
寮へ戻っていた縁司は、校舎の廊下で足を止めた。
廊下のさきで、制服を着た遠野がこちらを凝視していた。
(どうして学校に――)
どくどくとはやる鼓動を、息を詰めることで押し隠そうとする。
視線をそらし、そこに人などいないように縁司は歩みを再開した。
立ち止まったままの遠野と、距離が縮まっていく。
顔立ちがはっきりとわかる距離から、腕を伸ばせば届く近さまですぐだった。
揺らがない強い視線を顔に浴びながら、縁司は彼の横を抜けようとする。
話しかけられずに済んだ――。
だが安心したのも束の間、通り過ぎざまに遠野から腕を掴まれてしまった。
「待てよ、縁司」
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