とある勇者のとある一日
*
それは、何処か近くて遠い、有りそうで無いようなある一つのお話。
ある時ある場所に、ある一人の勇者がおりました。
その勇者はある目的の為、大陸中を旅しておりましたが、宿泊の為に滞在したある宿屋で、一通の差出人不明の手紙を受け取りました。
勇者は差出人が自らの名を書かないという点はさることながら、何処からどうやって自分の居場所を突き止めたのか分からない点も腑に落ちず、不信感を隠し切れませんでした。
しかし、勇者は根っからの面倒臭がりで、考えても解らないことは直ぐ放置してしまう、何とも困った性質の持ち主でした。
そんな困った性質はその時も最大限に発揮され、「まあいっか」の一言であっさり問題を一瞬にして流した勇者は、問題のある手紙の封を切って便箋を開き、目を通したのです。
その手紙にはこう記されておりました。
『レイキ・レンバース殿
貴殿に託したき一鞘の剣あり。
是非北方の地フェヴァリアの中心に位置する王ジェレイドの城にお立ち寄り下さいますよう。
貴殿は剣に選ばれた神聖なる勇者なり』
勇者は驚きました。
自分が勇者であったことを、この勇者は全く知る由もなかったのです。
勇者であることを初めて知った勇者は、この手紙の内容が不可解でなりませんでした。
何故名前さえ名乗らない見も知らぬ者の為に今いる西方から北方くんだりまで行かねばならぬのか。
その根拠が一切書かれていないのです。
「剣に選ばれた」などという理解不能で現実感の欠片もない理由で納得できる筈もありません。
その時の勇者は、剣に選ばれただの勇者だのという言葉には、全く感動もなく興味もなく、 ただただ「面倒臭い」だけだったのです。
大きく溜め息を吐いた後、勇者は何気なく便箋と共に入っていた地図を開いてみました。
その瞬間、勇者は目を見開きました。
北方の地フェヴァリアが位置する所には、数多くの金山が記されてあったのです。
自分が住んでいた地域さえ興味のなかった勇者は、北方の金山のことなど知る由もありませんでした。
今泊まっている宿の代金とほんの数日間の食事代しか持ち合わせがない貧乏勇者は、食い入るように地図を見つめていました。
それはもう、真剣に、食事の時間を知らせに来た宿屋の主人の声など聞こえぬ程に。
*****
翌日、勇者は寝床から飛び起き、早々に用意を済ませ、朝食を食べるか食べない内に、ちゃっかり弁当を持ち、宿屋を後にしました。
此処から北方の地フェヴァリアまでは、歩いて三日はかかる距離のようです。
早く着かないと金銭的に非常に困った事態になります。
早く城に着いて褒美を貰わなくては。
勇者にとって剣は、金の宝庫であろう北方の城から頂戴できる、褒美の付属品でしかありませんでした。
今はまだ。
勇者は知りませんでした。
この剣に伴う危険と冒険が待ち受けていることを。
自分が病的な程の方向音痴で、地図を手にしているにも拘わらず、全く逆の方向に勇んで突き進んでいることを。
期待している褒美の金など全く貰えないことを。
勇者に成り得ていない勇者はまだ知る筈もなかったのです。
これは、何処か近くて遠く、有りそうで無いような、呑気で一寸ずれているある一人の勇者の物語。
勇者の剣を巡る旅は、まだ始まったばかり。
continue???
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