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- Geist -
思春期青少年の葛藤【[】

「同じ経験した筈の姉貴が何で結婚するんだとか、何で母さんは今更現れて、愛してるなんてホザくのかとか思ってる内に、昔親に冷たくされた寂しさとか、結婚は間違ってたとかって俺らを全否定される悲しさとか、結婚はしないっていう拘りとか、一人身を立てて生きたいっていう決意とか、そんなの意味なかったのか、無駄だったのか、って思えてきて、虚しくなって。でも同時に、姉貴が本当に幸せになれるなら、それを喜んでやりたいっても思って。母さんが姉貴の結婚嬉しがってるの見て、嗚呼良かったなって思ったりもして。
 …そんな風に色々ごっちゃになって、訳分かんなくなって来て……何か泣けて来て……」

 その時の感情が甦ったのか、若干泣き声混じりになって来たKazumaの言葉をJは黙って聞いていた。だが、次の瞬間その口から漏れたのは、大きな溜息だった。

「お前……若いなー」
「はァ!?」

 素っ頓狂な声を上げてJを見遣ったその目には、多少涙が浮かんでいるようだったが、意表を突いた発言はそれを止めてしまったようだ。

 そんなKazumaを一瞥し、Jは当然、と言うように両手を広げ、

「だってそうだろ。母親や姉さんと比較して、過去に拘ってるのが自分だけじゃないかと考えて虚しくなる。その事に憤りを感じるし、寂しさもある。だけど、訪ねて来てくれて本当は嬉しいし、姉さんの結婚は祝福したい。ンな矛盾に動揺して泣けて来るなんて、若い証拠さ。若い若い。青い青い」
「何だよッ!! 俺と五つしか違わない癖に!!」

 思わず立ち上がって叫ぶと、Jはニヤリと笑った。

「お。いつもの生意気が戻って来たな。あのな、五年の差は大きいぜ、思春期青少年」
「――ッ! Jッ!」

 Kazumaは目尻を吊り上げながら、声を上げている。彼の目に光が戻って来たのを確認し、Jは満面の笑みを浮かべた。

「音楽で生きて行こうって決意してたんだな。お前って、只のクソガキじゃなくて、ちゃんと考えられる奴だったのな。見直したぜ」
「…………」

 減らず口を叩くJを目の前に、Kazumaは反論を諦めたらしい。佇んだまま、黙り込んでしまった。しかし、実際彼を黙らせたのはJの笑顔であったことに、当の本人は全く気付いていない。

 その様子を見遣った後、Jは頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。

「まあ、いくら生意気といっても、れっきとした一八歳だ、そのくらい考えられるか。そうだよな…俺が音楽を自分の人生に決定付けたのは、一七の頃だったし。丁度Kに会った頃だ」

 宙を見ながら言った。天井は白く、中心に蛍光灯があるだけだ。

 Kazumaは首を傾げて彼を見ていた。視線の先にあるものを察せられずに。告白を促したJの、自身の回想を想像できずに。

「それまでは、音楽なんて嫌いだったんだよな。目の前に音楽の申し子が居る訳だ。『神聖(カリスマ)』と言われてた人間見てたら、やる気なんて起こらないだろ?
 でも、今考えてみたら、親父がやってるから嫌だっただけで、音楽自体が嫌いな訳じゃなかったんだ。事実、一寸は音楽で食って行きたいと思った時もあったからな。でも世間でカリスマって銘打たれてた親父には適わないって感じてたから、やってなかっただけ。……ま、俺も若かったってことだな」

 世間で言えば、今でも十分若者に分類される彼が、不相応なことを言った。しかし、Kazumaはいつものように突っ込む気には、不思議となれなかった。

 Jは缶を人差し指で叩きながら、

「こう言っちゃなんだけど、親父が居なくなって、音楽と初めてまともに向き合えたっていうか、吹っ切れたっていうか。……皮肉なもんだが」

 呟いてから、Kazumaを見遣り、ふっと笑う。少し、自嘲が混じっていた。



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