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■少年は隘路を廻る■
少女の願いは夢想の彼方【T】・1

 野崎椎奈は今し方閉まったドアに手を振っていた。幼馴染みの橘要一が、ご苦労なことに兄と宿題をやりに来ていた。

 受験勉強の時といい、要一は人が好い。寧ろ良すぎる。頼まれたら絶対断らない。何事にも全力投球だ。それが他人事であろうとも。
 誰でもできることではない。そうできることは素晴らしい。だが、それは時に欠点になり得ると、要一本人は知っているのだろうか。

 椎奈はちらりと左方を見遣った。兄の里耶は何故かふてくされた様子で両手をズボンのポケットに突っ込んでいた。

 時間を見計らって、部屋に乱入したが、実はドアの外で様子を窺っていた。声はぼそぼそとしか聞こえなかったのだが、兄の口調と声音が途中で変化したのは分かった。

 要ちゃん、また地雷踏んじゃったかな――椎奈は思った。

「何で今日要ちゃん呼んだの?」
「あ?」

 機嫌の悪い横顔に訊ねると、視線も向けずに低声が返って来た。要一の前では概ね猫被りな里耶だが、椎奈の前では感情を隠さない。他人ならば畏縮する態度にも、慣れている彼女は気にも止めない。

「だってさあ、今日バイトの日だったでしょ?届けも出さずにこっそりやってるのに、要ちゃんに悟られたらどうする気だったの?校則厳しいのに…副生徒会長にバレるの、結構ヤバいと思うんだけど」
「要ちゃんはそういうの鈍いから問題ない」

 どんな自信か、と突っ込みたくなるが、里耶はきっぱりそう言い切った。彼のことだからバレそうになっても、のらりくらり追及を避すに違いないが。

 里耶と要一の通う高校は、基本的にバイトは禁止である。例外は金銭面や家庭事情において、致し方ない理由がある場合のみである。そのことを届けを出して認定して貰わねばならない。金銭的にも家庭事情にも何ら問題のない里耶は、本来ならばバイトなど認められる筈がないのだ。それなのに、こっそりバイトに打ち込んでいる。規則は厳守するのがモットーである要一に知られたら、厄介な事態になるのは予想できた。

 一応気を効かせて、悟られないように努めていた椎奈は、溜め息を吐くしかない。

「最近呼んでなかったのに、いきなりだね…昨日のと関係ある?」
「…………」

 事情はお見通しの妹に指摘され、不機嫌顔の儘、里耶は沈黙した。図星を突かれたり、都合の悪い質問をされたりすると、彼は黙り込む癖がある。

 やっぱり、と彼女は思った。普段隙を見せない里耶が、バイトが入っているにも関わらず、宿題を口実に要一を呼んだのには訳がある、と思っていた。昨夜のことが余程堪えたと見える。

「心配だったの?」
「…心配とかじゃねえ。二人で居る時も普段通りか、確かめたかっただけだ」

 それを心配と云うのだが。

 思ったが、其処は敢えて突っ込まないでおく。

「私が見る限り、全然大丈夫だけど。要ちゃん、あれでいて余り深く考えない人だから、お兄の真意は全く気付いてないと思う」
「…俺もそう思う」

 そう呟いて漸く妹の方を向いた里耶は、少し疲れた顔をしていた。
 椎奈は、お兄も大変だなあ、としみじみ感じた。大変な事態の大部分は自業自得のようにも思えたが。



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あきゅろす。
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