■少年は隘路を廻る■ 星輝儚在【]U】 「話には聞いていたけど、ホント堅いですねぇ。女が誘えば付いて来るのが男じゃないんですか〜?据え膳喰わぬは男の恥って!先輩〜恥曝しですよ〜」 「……り…」 ――最早声など出なかった。 文字通り、要一の頭の中は真っ白である。思考回路は既に完全に壊滅状態、理性的な彼はだからこそ現状の把握がならず、直立不動で梨恵を凝視した儘だ。 それを知ってか知らずか、無垢な少女の皮を剥いだ妖女は、聞いたことのない黄色い声で言う筈のない辛辣な言葉を要一に浴びせる。 「先輩〜知らないでしょうけど、私先輩に襲って欲しくて堪らなかったんですよ!でもなかなか手出して来ないから、まずはキスかな〜と思って煽ってもこれだもーん。私痺れ切らしたので、ネタ明かししてバイバイしちゃいます! 先輩〜今まで飯事に付き合ってくれて有難うございました〜今度は欲求の薄い詰まらない子と付き合えると良いですね!」 妖艶な唇が、蠱惑的に蠢く。眼前が瞬く。眩暈がする―― 壊滅した思考回路が悲鳴を上げた。 彼女が、言ったのだ、自分を好きだと。 あの日、気怠い春風に捲かれながら、口元に温和な微笑を浮かべた。 数回重ねた逢瀬、限られた時間、何度も愉しげに笑んだ。 学祭の準備で忙しく会えなかった時期、淋しいと小さく呟いた。 その唇でこの瞬間、総てを抹消せんとする。 瞬間、梨恵の左頬が音を立てた。要一は彼女の前に、右手を掲げて無表情で佇んでいた。 梨恵は振り乱した髪の間から、鋭利な光を湛えて要一を睨む。 「女殴るなんてサイッテー!」 「…それがお前の本音か」 要一は静かに、頬を押さえている梨恵を見つめる。不思議と声が出た。 梨恵の瞳には、憧れも恋心も既に見えない。常に感じていた筈の想いとは逆に、その目には憎悪に近い感情が燻っていた。 要一は、今更ながら悟った。 彼女は始めから自分を好いてはいなかったのだ。彼女にとってこれはゲームだったのだと。 総ては儚い砂の城だったのだと。 要一は妙に冷静に悟っていた。 今回は始めから間違っていた。いや、それ以前から間違っていたのかも知れない。自分の人を見る目が劣っていた。相手の真意を見抜けない。 情けない。だが事実だ。 ――要一は、驚愕する程思いの外静謐な気持ちで呟いた。 「…楽しかったか。俺とのゲームは」 「今までになくね!ホンット堅物で詰まらない男!キスしても抱き付いても全く変化なしの童貞男!里耶の言った通りだった!」 梨恵は眉を吊り上げて叫んだ。声が、ネオンが閃く通りに響く―― 刹那。 全ての感覚が刺激を拒絶した。 鋭利な凶器に射抜かれる。抜かれた場所から流出する真実が、虚偽に塗り替えられて行く。 崩れかけた砂の城が、音を立てて今こそ完全に崩壊する。 復活仕掛けた思考が再び闇に沈んだ。 理解できない。 不可能だ。 繋がらない。 今何と言ったのだ? 一体、誰の名を口にした? 要一は、黒瞳を見開いた。 有り得ない。 この場でその名が出る筈はないのだから。 しかし―― ほんの数秒か数分か。 定まらぬ間の間、突如聴覚が捉えた名を無意識の内に反芻し、要一は漸く現状を捉えた。 ――里耶―― 野崎里耶。 その名の意味する処は。 要一は我知らず梨恵に飛びついていた。 「何で、何で里耶を知ってる!」 「きゃっ、何よもうどうでも良いじゃない!」 「良くない!どういうことだ!言え!」 要一は自分でも気付かぬ程の剣幕で梨恵の肩を揺さぶった。 彼女の目に恐怖が浮かぶ。だが気付かない。それほど我を忘れていた。 要一の行動に明らかに動揺した梨恵は喚いた。 「…何よ。三回くらい里耶とヤッたわよ!それが何!?あんたがさっさと私を抱けば良かったのよ!それに誘ったのはあっちだっつーの!」 ――其処まで聞けば充分だった。 要一は後方を向き、梨恵を置いてその場を駆け出していた。 [*back][next#] [戻る] |