闇夜の国 1 僕は、あてもなく夜の新宿を彷徨い歩いていた。 昼とはまた違った騒々しさと毒々しいネオンが、まるで異世界のように思える。 夜の新宿は、帰るところのない人たちの巣窟だ。 例え家があったとしても、それは凍えるような暗い部屋ではないだろうか。 僕はうつむいたまま、乾いた人々の隙間をふらふらとすり抜けた。 酒の入った大人たちが振り返って、僕の顔をジロジロと見ているのは分かる。 夜の新宿に高校生がいたとしても、今時それほど珍しくないけど、見るからに真面目そうな僕がひとりでふらついているのは、さすがにどこか異質に見えるのだろう。 ――疲れた……。 僕は足を止め、もたれるように電話ボックスのドアを開けた。 外の様子が見えなくなる程に、ボックスの中は媚びた女性をプリントしたピンク色のカードでいっぱいだった。 ただ、その中でひとつ、少々僕の興味を引く宣伝文句があった。 白い名刺サイズの紙に黒い文字で、 「死にたい方は今すぐここへ!」 と、書いてある。 社名は、天国結社、となっていた。 他にも、今なら各種サービスをご用意とか、うさん臭い文句が並んでいる。 電話番号にはご丁寧に、イイナテンゴク、とルビがふられている。 一体、どんなサービスなんだか。 僕はテレフォンカードを差し、受話器を耳に当てて自宅の電話番号を押した。 コール音が虚しく回数を重ねていく。 今頃、自宅のマンションでは電話が冷たい闇の中に響いているだろう。 10数えて、受話器を戻した。 けたたましく軽薄な電子音が鳴り響いてテレフォンカードが吐き出される。 別に何の期待もしていなかった。 [*prev][next#] [戻る] |