闇夜の国 9 ※ 『ですから、自ら命を絶つということは、本来ならば天に帰るべき魂が永遠の闇を彷徨うことになるのです。しかし、天国結社では、そんな哀れな魂も救おうと考えておりまして――』 僕はそこまで聞いて、受話器を置いた。 「ただの宗教か……」 少しガッカリした。 まあ、水商売ではなかっただけ、意表はつかれたかもしれない。 大体、他人に何とかしてもらおうとすること自体、虫の良い話だったんだ。 ――こればっかりは自分で決めないとね。 僕は自宅のマンションの階段を上り、屋上に続くドアを開けた。 ドアに鍵は掛かっていなかった。 屋上に出た途端、冷たくて強い風が真横から吹きつける。 もう辺りはすっかり暗くなり、遠くには新宿のネオンが空に滲んでいた。 手すりの方へと一歩足を進めると、そこにひとりの若い男の人が立っていて、街の光を見つめているのに気がついた。 黒のスーツを着て、黒いネクタイをしている。葬式の帰りなんだろうか。 銀縁の眼鏡をして、髪の毛は後ろに撫でつけてある。小脇にはクリップボードを挟んでいた。 彼は手すりの向こうを向いたまま、 「ここから飛び降りたら、死ねますかね」 と聞いてきた。 僕は、ドキリとした。 「五階建てだから……」 「そうですね、普通なら死にますね」 彼は、そう言うと振り向いて笑った。 「飛び降りる時って、何を考えるんでしょう。やっと楽になれる――誰か悲しむかなー、とか――それとも、みんなに迷惑をかけたいのかな」 僕は答えなかった。 彼は僕の顔を覗き込むように、少し首をかしげて、 「わたし、天国結社の者なんですが」 と言った。 [*prev][next#] [戻る] |