違う呼び名 9 現国のプリントは、よくある「文中から何字以内で抜き出しなさい」という類ではなく、それぞれの登場人物について感想文を書く形式だった。 「み、見るなよ?」 「ああ。何かわからないことがあれば呼びたまえ」 俺は席を外して手を洗い、書斎へ向かう。ふと思いついて何冊か漫画を選んだ。 何十分か経った頃、芹沢が俺を呼ぶ声が聞こえた。 「あー、疲れた。次はどれやんの」 「今日はそろそろ終わりにした方が良いのではないか。7時だ」 慌てたように携帯を引っ張り出す芹沢。それとほぼ同時に、 「お二人さぁん、ご飯ですよぉー」 と、ニコニコ顔の母がひょっこり現れた。 「いや、今日はもう帰ろうかと……」 「え……えぇぇ! せっかく作ったのにぃ。無理なの? どうしても無理なの?」 「そういうワケじゃないんスけど」 「じゃ、いいじゃない。芹沢君のために今日は唐揚げいっぱい作ったの。ネッ、ネッ?」 「遠慮するには少々遅かったようだな」 俺がそう言うと、芹沢は困り顔で頷いた。 勉強道具を片づけて階下に降りると、玄関のドアがバーンと開いた。 「……間に合ったァァァ!」 そう叫びながら飛び込んで来たのは、鬼気迫る勢いの姉貴だった。 普段ばっちり決めているメイクが崩れかかり、肩で切りそろえた綺麗な黒髪もグシャグシャになっている。走って帰ってきたらしい。 芹沢の視線に気がつくと、姉貴はササッと身繕いをしてニッコリと笑った。 「あら、お姉ちゃん? 今日は早かったのね」 母が微笑みながら出迎える。 「残業断って帰ってきたわ!」 立ち竦んでいる芹沢を、姉貴は妖艶な笑みを湛えながら眺める。 「姉貴、獲物を狙う目で彼を見るのはやめたまえ。怯えてるじゃないか」 「んー? んっふっふ」 「お、怯えてねぇしッ!」 芹沢はそう言ったが、それならば俺を盾にするのはやめてくれ。 [*prev][next#] [戻る] |