違う呼び名 8 「えー、では、ゴホン。主人公の『坊ちゃん』は、ちょいと暴れん坊だが正義感の強い新任教師だ」 「なんで『坊ちゃん』なんだよ」 「『坊ちゃん』を溺愛してる下女の『清』がそう呼んでいるのだ」 「……下女ってなんだ」 「召使いというか、お手伝いさんというか」 「メイドさんか?」 「んーまぁ、婆さんだがな。でな、教頭の『赤シャツ』ってヤツが『マドンナ』に横恋慕して、『マドンナ』の婚約者の『うらなり』君を左遷し、友達の『山嵐』君まで辞めさせるのだ」 「ア? 最低だな、その赤シャツ」 「そこで『坊ちゃん』は『山嵐』君と共に『赤シャツ』をぶん殴り、教師を辞めて路面電車の運転手になりましたとさ。おしまい」 「え、ちょ、まて。……エッ?」 芹沢は焦ったようにプリントを二度見した。 「それ、完全に殴り損だろ……」 「だから最初に書いてあるだろう。『親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている』って。まあ、坊ちゃんは後悔はしてないようだが」 「アホだな、坊ちゃん」 「かもしれんな。とりあえず音読してやろう。それなら多少頭に入るだろうからな」 プリントの抜粋文はいい感じに名場面を取りそろえていて、少し間を補完してやれば大体の話の筋は掴めるようになっていた。 最後まで読み終えて芹沢を見やると、ヤツは呆然とした表情で目を赤くしていた。 「清……」 「泣けたか」 「な、泣いてねぇ! あー、俺も殴りそうだな、赤シャツ」 「俺は多分殴れないな」 プリントを返しながらそう言うと、芹沢はふてくされたように舌打ちした。 「……どうせ俺はアホだよ」 「この『坊ちゃん』が名作と言われるのはな、自分には到底出来ないことをやってのける『坊ちゃん』が好きだからだと思うぞ」 「……うっせ」 芹沢はそっぽを向いた。照れていた。 [*prev][next#] [戻る] |