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警察の目に触れれば痛い腹を探られるのが確実な代物だったし、何よりさくら自身が早く焼去してしまいたかった。
天井を舐めんばかりに伸びた紅い舌が、差出人の意志を宿すように揺れる。〈南無阿彌陀佛〉と、ゆらり右へ。〈南無阿彌陀佛〉と、ゆらり左へ。
部屋に入ってきた邦瀬が後ろから腕を回し、二人して無言で明るい炎を見つめた。
闘いの火蓋は切られたのだ。これはその、小さなのろしだ。
短いダンスはすぐに立ち消え、後には粉々に散ったガラス片と、黒い蝶々の形をした炎の死骸がはらはらと横たわった。
チチチ、と小鳥のさえずりが聞こえてくる。
時計を見ると8時半を回っていた。
さくらの家は土塀に囲まれた古い武家屋敷だ。
城の北を走る倉真川と、更にその北西に広がる森林に挟まれたこの地区は、上屋敷と呼ばれている。
裏の竹林から降りてくる風は涼しく、午前中はまだかなり肌寒かった。
しばらくぼうっと寝ていると、喘息の発作はいつものようになりを潜めた。邦瀬が風呂から上がった気配がしたので、さくらは気分転換とばかり、エイッと勢い良く布団を蹴って起き上がる。
小さなラジオの立てるノイズがピーガーと、廊下までこぼれていた。
トイレと洗顔を済ませると、パジャマのまま音の震源地へと向かった。
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