赤子は故人の娘だった。母親の遺影によく似た笑顔で、手足をバタつかせている。
「すみません、笑美さんのご親戚の方でしょうか」
「友人です。十年来の」
「お名前よろしいですか」
宮北が胸から黒い手帳を取り出すと、彼女は露骨に不快そうな顔をした。
「刃崎さくらです。自殺で片付けといて、まだ何か訊く事、あるんでしょうか」
「失礼。参考までにと思ったんで。ではあなたは自殺ではない、と言われるんですね」
「自殺なんて、するわけないじゃない」
「では誰かが笑美さんの手首を切ったと?」
「それはっ」
宮北の問いに彼女は何かを言い淀み、そして呑み込んだ。
「そんなの……私、分かりません」
強い眼差しで二人を射る。
ふぎゃあ。ふぎゃあ。
険悪ムードに反応したのか、急に赤ん坊がグズり始めた。
「捜査はもう終わってんでしょ。さようなら。もうお会いする事もありませんね」
赤子をギュッと抱き締めると、刃崎さくらは踵を返し、家の奥へと戻っていった。
車まで二人、無言で歩く。雨脚は帰りの方が強く、緑の真新しい靴は最早ずぶ濡れ状態だ。
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