パスワード またしても言いよどむ彼女。プライベートな依頼をする客は大抵こんな具合だ。他人の手を必要とするからには、まず、勇気を持って打ち明けなきゃあね。 暫くモジモジとした後、彼女はぽつりと言った。 「実はあのう、どうやら彼、ワタシの研究データを持ち出したみたいなんです」 「はあっ、何ですって」 遠山とアタシは驚いて顔を見合わせた。あんたそりゃ、こっそり探偵に打ち明けるような種類の話じゃないよ。110番通報でしょ普通。産業スパイは犯罪よ。 アレックスも元旦那の香川氏も、共に大手製鉄会社(S社)に席を置く研究員だ。研究成果が学会に発表されるとはいえ、現在開発中の製品データなど、企業の株価を左右しかねない重要機密ではないのか。 「彼がこの家を出てってから、鍵は全部取り替えたのですけど」 「侵入者が彼だと断言出来る根拠がお有りなんですか」 と、遠山。 「パスワードです、ワタシのパソコンの。勿論彼にも教えてはおりませんが。彼にしか解き得ないパスワードなんです。二人で昔考えた、子供の名前なの」 両手で顔を覆う彼女。 子供が産まれたら何と名付けよう。女性なら誰しも一度は思い描く、甘い夢だ。 +back+ +next+ |