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――そこで目が覚めた。
 
荒れる呼吸、汗でじっとりと濡れた寝巻、微かに漂う畳の香り、障子越しに差し込む朝日……先程のことは全て夢だとわかり、私は心の底から安心する。
 
「助かった……。」
 
大きくため息をついて、私は起き上がると枕元に置いていた服に着替え始める。
 
せっかく爽やかな朝なのに、夢の内容なんかで陰鬱になっていてはいけません!
 
気合いを入れて袖をまくり、まず障子と雨戸を開けて空気の入れ替え。これだけで大分空気がよくなりました。
 
朝日を浴びながら深呼吸してると、ふっと携帯電話のランプがピカピカ光っているのが目に入る。
 
昨晩、私が寝ている間にでもメールが入ったのかな……そう思い、携帯電話を開けてみてビックリです。
 
着信が15件も……マナーモードにしてたから、全然気付かなかった……。
 
慌てて着信履歴を見ると全てアーサーさん……ぎゃーっ、しかも1時間以上前から5分置きくらいに来てる!
 
これは何か緊急事態だと言うことでしょうか。こんなに着信があるんですから、そうですよね……。
 
着信履歴からその電話番号に発信して、3コール目……さんざん待たされたであろうアーサーさんから発せられた言葉は……。
 
「菊っ! お前遅いんだよ! 今、家の前にいるんだからな!」
 
……は?
 
一瞬思考が止まったところで、電話から聞こえる『おい、聞いてんのか!』という言葉に慌てて私は玄関に向かう。
 
バタバタと廊下を走る私の姿に、ペットのぽちくんは嬉しそうに私の後ろをついて来てますが、別に散歩に行くわけじゃないんですよ。
 
「すみません! さっきまで寝てました!」
 
息を切らし肩で息をしながら、謝罪するとずっと待っていたハズなのに、アーサーさんは余裕を見せたいのか腕を組んで笑った。
 
「まぁ、俺も来たばっかだからいいんだけどな。」
 
その割に1時間以上前から電話してたみたいですけど……とは言わないでおこう。
 
だって、連絡もなしに来るんですもの……別にどこかのアルフレッドさんも、似たようなことやるから慣れましたけど。
 
「とにかく、お待たせしてすみません。よかったら、お茶でも飲んでいってください。」
 
「俺は別にいいんだけどな。そこまで言われたら、飲んでやらなくもないぜ。」
 
相変わらず素直じゃない人だなぁ、と笑いが漏れそうになるのを抑えながら、私はどうぞとアーサーさんを招き入れる。
 
と、言うことでぽちくん、散歩はもう少し待ってくださいね。
 
「えーっと、煎茶でいいですか?」
 
かちゃかちゃと湯呑を準備しながら、そう尋ねるとアーサーさんは不機嫌そうに眉をひそめた。
 
あれ、この人煎茶嫌いだったかな……?
 
思い当たる節でもないかと、考えているとアーサーさんがカバンから小さな紙袋を出して、意気揚々と机に置く。
 
「スコーンには紅茶だろ!」
 
……なん……ですって……!
 
思わず手から滑り落ちそうになる湯呑をなんとかキャッチして、私は高鳴る鼓動をどうにか鎮めようと深呼吸をする。
 
「き、昨日暇だったからな。べ、別にお前の為に作ったとか、そんなわけじゃないからな!」
 
そう言って、さっきまで私の方を見ていたアーサーさんは、そっぽを向かれてしまいましたが……。
 
座布団に正座をするのが辛かったのか、後ろを向いて崩した足を揉んでるのが微笑ましいなぁ。
 
……なんて考えている場合ではなく!
 
手作りのスコーン……別に手作りなのはいいんです。だが、作った人が……アーサーさん……。
 
今朝の悪夢が頭の中で再生される。もしかすると、今朝の夢はこれから起こることの警告だったのかもしれない。
 
いや、でも失敗とは限らないですよね! 夢の中では盛大に失敗してましたけど、現実でも失敗するとは限らないですよね!
 
とりあえず、私は戸棚からティーポットと2人分のティーカップ、作ってきて頂いたスコーンを乗せる為のお皿を取り出す。
 
そして、お皿がは机に置き、その横に置いてあるスコーンを入った紙袋を開ける。
 
「……これはココアのスコーンですか?」
 
鼻に襲いかかる焦げた臭い……今朝の悪夢がまた再生される。今度はさっきよりも色鮮やかに。
 
私の質問は完全に愚問だった……でも、黒かったから……もしかしたら、ココア入ってるかなって……。
 
この黒いのは焦げてるんじゃなくて、ココアなんだって言ってくれたら……ほっとするじゃないですか……。
 
「ココアなんか入れてないぞ。どう見ても、普通のやつだろ?」
 
何故そう見えるのかわからない、と不思議そうに私の顔を見るアーサーさん。
 
「そ、そうですよね。変なこと言っちゃってすみません。」
 
残念なことにプレーンだった……でも、なんで黒々としたスコーン。
 
実は竹炭を練り込んだスコーン、とかだったらいいのに。
 
……なんてことを考えても仕方ありません。
 
そんなことを願っていても、この焦げたスコーンが普通のスコーンになるわけじゃないんですから!
 
「まぁ、紅茶を淹れるなら俺に任せとけ。あ、先に食ってていいぜ。」
 
アーサーさんはそう言って立ちあがり、ティーポットが置いてある台所の方へ向かう。
 
割と頻繁に訪ねてくるせいか、『勝手知ったる他人の家』状態のアーサーさんは迷うことなく戸棚から茶葉の袋を取り出す。
 
そして、取り出してティーポットに茶葉を入れながらも、私の様子をちらちらと伺う。
 
……食べろってことか。わかりました、覚悟ならある程度は出来ている……ハズです!
 
再び今朝の夢が脳裏によぎるが、怯んでいる場合ではありません。
 
私は事あるごとに様子を伺うアーサーさんに、にこりと微笑んでスコーンを手に取った。
 
う、若干炭になってる……で、でも怯みません!
 
炭は身体にいいんです! この炭は毒っぽい感じもしますけど!
 
「い、頂きます!」
 
なるべく黒い塊を視界に入れぬように、視線を反らして私は黒い塊に齧りつく。

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