どりーむな文章
心をこめて(VD企画)
2月14日…まだ始業前だと言うのに、俺の手には華やかに飾られた箱が次々と乗せられていく。
俺は基本的にいい人だからね、来るチョコレート拒まずだ。特に断る理由もないしね。
けど、ふっと目に入った友人はそうではないようだ。
「……すまないが、俺には心に決めた者がいるので、それは受け取れない。」
人がよく通る廊下でよく恥ずかしげもなく言えるなぁ……。
「え、そんなマジにならなくても……義理だし、気にしないで!」
きっと『クラスメイトだから』とか、『反応が面白そうだから』とか、そんなに本気で渡す気はなかったのだろう。
明るそうな女子生徒は眉間に皺を寄せた弦一郎の顔に少し引き気味に、可愛らしいがいかにも大量生産モノな箱を持って逃げるように去って行った。
去年の今頃は『くだらんイベントだ』って切り捨ててたくせにね。
今年は随分と楽しみしているようだ。『心に決めた者』からのチョコレートを。
踵を返す弦一郎の足取りは心なしか軽い。
★
「……ふぅ、今年も凄いな。まだ昼休みなのに、こんなにも。」
俺は貰える物は貰っとく主義だから、全部受け取ったはいいけど、やっぱり量が多いと受け取るだけで疲れちゃうね。
思わず漏れてしまったため息が蓮二にもうつったようだ。
「やはり部室に避難するのが無難だな。」
俺には劣るが、他の男子生徒と比べれば相当な数のチョコを前にした蓮二が少し疲れた顔を見せた。
対照的にその横では、貰ったチョコを机に並べて楽しげにしている連中もいる。
「丸井先輩、勝負しましょーよ!」
「お、いいぜぇ。俺もかなり貰ったぜぃ。」
「柳生、どんくらいもろた?」
「そうですねぇ、結構頂きましたよ。」
学生らしく可愛い紙袋、少し背伸びをした大人びたデザインの箱……色んなチョコやお菓子が並べられる中、バラバラと散らばる安っぽい粒。
「最近はチ□ルチョコも色んな種類あるんだな。へへ、数だけなら俺が一番だな。」
……なんだか、悲しくなったけど、ジャッカルが幸せそうならいいかな。
「ところで、梢は何をくれるんだろうね、弦一郎。」
「べ、別に俺はこんなたるんだイベントになど…っ…。」
我関せずといった感じで、楽しげにしている赤也達の輪から離れていた弦一郎に話を振ってみると、案の定わかりやすい反応をしてくれた。
「よく言うよ。『心に決めた者がいるので、受け取れない』とか言ってたくせに。」
「ぐっ……!」
今朝のセリフを弦一郎の真似をしながら言ってみたら、弦一郎はボッと火がついたように顔を赤くして俯いてしまった。
顔に似合わず可愛いリアクションをする。
「まぁ、弦一郎の好みを把握しているなら、甘ったるいチョコレート等は来ないさ、安心しろ。」
蓮二の言葉に黙ったままの弦一郎の頬が少し緩んだ……あー、うん、やっぱり可愛くないな。前言撤回。
……さて、落ち着いたところでお昼でも食べようか、と机に並べられたチョコをキャッキャと楽しんでいる連中に片付けさせていく。
だって、俺が散らかしたわけじゃないしね。自分で散らかしたら、自分で片付けないと。
すると、部室のドアがガチャリとノックもなしに開けられた。
「ハッピーバレンタイーン。」
上機嫌に部室に入ってきた女子生徒はこの部のマネージャー。
そして、弦一郎の言う『心に決めた者』、綾辻梢だ。
梢は『よいしょっ』と、重たそうにホールケーキでも入ってるのか大きな紙袋を机に乗せた。
「おっ、この量は俺達の分もあるんだろぃ?」
期待に満ち満ちたブン太の声に梢がにっと明るく笑って答える。
「勿論。よかったら、おかずにどうぞ。」
梢のセリフに一同首を傾げながら、紙袋から取り出された何人前も入りそうな重箱を注目する。
バレンタインに重箱……そして、梢のセリフから察するに、みんなにお弁当でも拵えたんだろう。
期待を煽るかのように梢がゆっくりと重箱の蓋を取る……すると。
「みんな大好き唐揚げですよ!」
重箱の中は箸を入れることすら困難に見える程、みっしりと詰められた唐揚げが。
飾り付けのパセリやレタスが隅の方にでもあれば、まだ可愛らしく見えたかもしれない。
だが、重箱にはそんな色合いはどこにもなかった。レモンすらもなかった。ただただ唐揚げがみっしりと。
「……予想通り?」
俺は思わず蓮二の顔を見上げて尋ねると、彼は少し悔しそうに眉間に皺を寄せた。
「いや……悔しいが、これは予想していなかった。」
こんなことで見事に予想を的中されても困るのだけどね。まぁ、俺は大人だからこーゆーことは言わないでおくよ。
梢はくだらないやり取りをしていた俺達をさておき、みんなに爪楊枝を配っていた。
色合いは気にしない割には、気が利くところはちゃんと気が利く。マネージャーとしては悪くはないところだろう。
みっしり詰まった物を爪楊枝なんかで取れるのかはさておきね。
「確かにこれはおかずにはちょうどいいよな。今日はおかずが少なかったからありがたい。」
真ん中が日の丸になっているとは言え、ご飯の面積とおかずの面積が明らかにあっていない弁当箱片手に、ジャッカルが嬉しそうに唐揚げを持って行った。
それを皮きりに食べることor肉好きメンバーが、みっしり詰まって鶏肉だけに取りにくい唐揚げを口に運んで行く。
「へへ、甘い物ばっか食ってたから、ちょーどいいや。」
「お、これはいけるぜぃ。綾辻やるじゃん!」
「うん、思っとったより美味い。」
だが、肉好きメンバーのくせに一向に口をつけようとしないのがひとりいた。
「あれ、真田さん、鶏肉はダメでしたか?」
「い、いや、そんなことはない。好物だ、有難く頂こう。」
そう答えた弦一郎は爪楊枝を持ったまま、なんとも言えない顔で徐々に減っていく唐揚げを見たままだった。
肉が好物の弦一郎の為に、お昼時のお弁当も兼ねて、これを作った梢の発想は悪くはないと俺は思う……けど。
「真田くんが非常に複雑な顔してますね。」
「出来ればバレンタインチョコ欲しかったけど、梢が気を利かせて好物作ってくれたし〜…って感じだろうね。」
まぁ、そーゆーことだね。バレンタインだから、チョコか何かが欲しかったんだろうね。
「珍しいから保存しておこう。」
くるくると手持無沙汰に爪楊枝を回し、物欲しそうな顔できゃっきゃとはしゃぐ赤也達を見つめる弦一郎。
蓮二はそれを珍しい、面白いと言いながら、デジカメでパシパシ撮っていった。
アナログ一筋なのかと思っていたけど、こーゆーのは写真じゃないと保存しにくいよね。
それにしても、デジカメを構える蓮二にはなんだか違和感を覚えるな……。
「ちょっ、丸井先輩食い過ぎ!」
「なんだよ、あと一個残してんじゃん。」
このまま放っておいたら揉めるだろうな……と思っていたら、やっぱりだったよ。
「一個って……。」
「ブンちゃん、もう少し気を遣いんしゃい。」
うちの部員は食い意地の張った奴が多いなぁ……。
4人とも散々食べただろうに、やいのやいのと言い合いそうなので、俺はそこに割って入る。
「じゃあ、ラストは俺がもらおう。喧嘩になるとダメだからね。」
重箱の隅に残った大ぶりの残り一つを一口で頂く。うん、弾力があって、少しカレー風味なのもいい感じに効いていて美味しい。
「なっ…。」
俺が咀嚼しているのを弦一郎が絶望に近い目で見てくる……その絶望を作ったのは俺よりも散々食べ散らかした4人じゃないのかな。
「……真田くん、悩んでる間に食べ損ねてしまいましたね。」
柳生が慰めるように弦一郎の肩に手をやると、今まで大人しかった梢が不本意そうに口を開いた。
大人しかったのはどうやら、みんなが貰ったチョコを高そうな物or美味しそうな物と、それ以外と勝手に分類していたようだ。有難いやら失礼やら。
「え、食べてないんですか? 真田さん、甘い物よりこっちのがいいかなーって、昨日から頑張って仕込んだのに。」
「うっ……すまない。お前は俺を思ってくれていたというのに……。」
渡されたけど、結局未使用のまま終わってしまった爪楊枝を手に弦一郎は深く項垂れる。
「食べ過ぎだね、4人とも。」
俺はそう言って少しバツの悪そうにしている4人組をちらりと見ると、真っ先に飛んできたのが……。
「俺そんな食ってないぜぃ!」
「一番食ってた奴が真っ先に言うなよ!」
本当にね、流石はジャッカルだよ、ツッコミの早さが最早脊髄反射だね。
「なんなら吐き出しちゃるぞ……ジャッカルが。」
「おい、俺かよ……って、死ぬほど誰の得にもならない提案だな。」
なんだかんだと言って、全員謝ろうとしないっていうのに、気の強さが現れてるよね。
まぁ、少しは気の毒だとは思うが、『さっさと食え』で終わる話だしね。
「つーか、副部長もさっさと食えばよかったのに。勿体ねぇ。」
ほらね。赤也のセリフに否定する気はないが、弦一郎が可哀想なのでフォローを入れてあげよう。
「そこには複雑な乙女心があるんだよ、赤也。」
「いや、弦一郎は男なので正しくは童貞心じゃないか?」
「……お二人とも余計に真田くんの心をえぐるのはおやめなさい。」
柳生に諌められてしまった、フォロー失敗だったね。わざとじゃないよ、勿論、ふふ。
「……綾辻。」
普段の様子からは想像出来ない心の底から申し訳なさそうな顔で梢を見つめる。
「残念だなぁ……。」
梢はそんな弦一郎にそれだけ言って、スタスタと自分の荷物の方へと行ってしまった。
「…………。」
再び深く項垂れる弦一郎の姿に4人からは『マズイ』と言った感じの空気が漂う。
そこへ重箱が入っていた紙袋を持った梢が戻って来て、ごそごそと何かを取り出す。
「じゃあ、これは家で食べてくださいね。」
しょんぼりとしている弦一郎に差し出されたのは、少しチープさが残るが頑張ってラッピングされたのがわかるブラウニーが丸ごと一本入った袋。
切らずにそのまま……というところに少しズレを感じるが、弦一郎ひとりへ特別に作ったということはわかる。
「なんだよ! ケーキもあるなら、俺にもよこせぃ!」
「……ブンちゃん、食い物絡むと本気で空気読まんのう。」
甘い物が絡んだ時のブン太は本当にしょうがないね。
呆れる俺や蓮二達を置いて、弦一郎と梢は仲睦まじい雰囲気を醸していた。
「大きめの型で焼いたので、よかったらご家族でどうぞ。」
「家族の分も……こんなにも、尽くしてくれる恋人を持って俺は幸せだ。」
ブラウニー丸ごと一本を手に、さっきの絶望に満ちた目はどこかに吹き飛んだのか弦一郎の声は弾みに弾んでいる。
そりゃあ、ブラウニーを丸々一本をひとりで食べろ、というのはキツイだろう……というツッコミは誰もしない。あえてしない。
「はっはっは、いいんですよぉー。来月で私に尽くし返してくれたらそれで。」
「全く…お前と言う奴は。希望なら今のうちに聞こう。」
傍から見るとおねだりする娘とそれに応えようとする父親みたいだ。
本人達以外はここにいる全員がそう思っているに違いない。
「そうですね……やっぱり、贈り物は心のこもった物が欲しいですね。市販の物でも構わないので、心をこめて欲しいですね。」
「ほう、例えばどんなものだ?」
正直意外な答えだった。もっと…即物的なものをねだるのかと思いきや。
彼女もやっぱり乙女なんだろうな、と感心していた矢先……。
「例えば、心のこもった商品券とか、心のこもったクオカードとか、心のこもったAMAZ○Nポイントとか。」
「……全部金みたいなもんじゃねーか。」
ごめんね、そうじゃなかったね。『心のこもった』とか頭についてるけど、ジャッカルの言うとおり全部お金に近いよね。
乙女の欠片も感じさせないくらい即物的なおねだりだった。
普通だとこんなおねだりされると気持ちが冷める男も多いんだろう、しかし弦一郎は冷めないままだった。
ポエミーに言ってみると、弦一郎の愛情と言う名の炎は熱く滾って消えることはないのだろうか。
「ふむ……心のこもった商品券というのは、百貨店で使えるようなものか?」
「おっ、それは心がこもってます。セレブリティーに溢れた上に、心がこもってます。愛にまみれてますね。」
百貨店だと比較的に高級な物が買えるからね。
梢の目が心なしかギラついたように輝いている。
そして、更に嫌な感じに輝きを増すと、梢の口がニッと吊りあがった。最早ヒロインと言えるのかな?
「でも一番心がこもっていると言えば……現金ですね。」
「潔いものだな、ここまで来ると。」
蓮二の冷静なツッコミにようやく疑問を抱いたのか、弦一郎が首を傾げる。
「それは心がこもっていると言えるのか……?」
「心のこもった渡し方があるのですよ。それをすれば、完璧な『心のこもったお返し』です。」
ニッコリと微笑む梢の顔に違和感しか覚えない。普段、彼女はこんな笑い方しないからね。
「……私の中で『心のこもった』という定義が揺らいで来ました。」
好みの女の子のタイプを『清らかな女性』と言っている柳生には毒気が強いんだろう。
困ったように眼鏡を上げると、腕を組んで悩みだしてしまった。
そんな真面目な柳生をよそに、梢は『心のこもった講義』を続け、次は実践編へと進もうとしている。
しょうがない、そろそろ止めるかな……。
「こう、財布から直接お札を数枚、手渡すと言うのが……いや、口で言うより、今から練習してみるのがいちb」
「綾辻。」
梢が上目遣いで弦一郎の手を握り、『心のこもった講義』も仕上げだというところで、弦一郎が静かに名前を呼んだ。
「はい?」
手を握られたまま、弦一郎は軽くため息をつくとこう続けた。
「金欠なら始めからそう言え。」
もしかすると、弦一郎は始めから見抜いていたのかもね。
完全に言い当てられた梢は弦一郎の手を握る力を緩め、しゅんと俯いて……。
「……調子こいて地鶏買ったら、一気に財布の中身が……。」
だから、歯ごたえがあって美味しかったんだ。
原材料が美味しいんだもの、相当下手なことをしない限り美味しい物が出来るだろう。
まぁ、それを重箱いっぱいにすれば、財布へのダメージは中学生にとってはとんでもないレベルだけども。
「地鶏だとっ……くっ、何故俺はひとつでも口に入れなかったのだ……!」
今度は弦一郎がぎゅっと梢の手を握った、始めに唐揚げがなくなったとき以上に悔しそうだ。
たかが唐揚げ、されど唐揚げ、そして原材料は高級品……悔やんでも悔やみきれない感情が弦一郎の背中から溢れ出る。
「なんていうか、欲にまみれたいいカップルだよね。物欲と食欲。」
「……幸村くん、褒めている要素が皆無ですよ。」
昼休みが終わるチャイムが校内に鳴り響いた。
ハッピーバレンタイン☆
コメント
凄く遅れたけど、バレンタインです。
真田はブンちゃんの陰に隠れてるだけで大食いだと思います。
ドキサバではめっちゃ肉取ってたし。
中学生だから食い意地張ってるのも仕方ないよね☆
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