どりーむな文章
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※名前変換なし
「おい。」
「……落としたぞ。」
そう言って、右隣の彼は面倒くさそうに赤ペンを拾い上げて、机の上に置いてくれた。
「あ、ごめん。ありがとう。」
他人と馴れ合わないとか、干渉しないとか聞いてたけど、流石に自分のすぐそばで落とした物は拾ってくれるらしい。
私は心の中で彼に『本当はわざとなんだ、ごめん』と言って、先程の事例を心のメモに残した。
彼は思ってた以上に優しい、と。
さて、次の時間も何か落としてやろうか……なんて考えながら、黒板の黄色チョークで書かれた文字を赤ペンで写す。
はぁ……一次関数ってなんなの、一次があるなら二次もあるのか……うんざりする。
数学の苦手な私は黒板に書かれたグラフに学習意欲を奪われつつも、しかしやらない訳にはいかないので、次はシャープペンを手に……あ。
「……お前……落としすぎなんだよ。」
授業中ということもあって声を荒げるようなことはしないが、彼は忌々しそうにそう言って、今度は軽めだが机に拾ったシャープペンを叩きつけた。
「ごめん。」
「もう3度目は拾わないからな。」
「……気をつける。」
「ふん。」
彼は仏ではないので親切なのは2度目までらしい。
まだ3時間目だと言うのに……もっと大事に残機を使えばよかった、勿体無い。
自分の不注意っぷりを少し恨みながら、右隣にちらりと視線をやると彼は真面目な顔つきで黒板と向き合っていた。
そこからふっと視線をノートに戻すときに、さらっと流れる髪がとても羨ましい。
毎朝寝癖と格闘している私の髪質を分けてやりたい。
触ると気持ちいいのだろうか、シャンプーは何を使っているんだろうか、寝起きもあんな感じなのだろうか。
そんなことを考えているとチャイムが鳴ってしまった、私のノートは2度目の親切以降白いままだ。
席替えで右隣に彼が来てから、私の調子はずっとこんなままだ。
これはマズイな……でも、席替えはして欲しくないな。
ずっとここがいい。こんなに近くで彼を見られることなんてないのだから。
★
――放課後、誰もいないはずの教室に戻った私に衝撃が走る。
扉をスライドさせた瞬間、目に映った彼の好きな下克上とは程遠い彼の無様な姿……。
「……床に這いつくばって、何してるの?」
四つん這いになって、顔を地面に近づけて……普段凛としている彼は、今は飛べない昆虫か何かに成り下がっているようだ。
だからと言って、私の感情は冷めることはない。むしろ、レアなものが見られて嬉しいくらいだ。
「コンタクトを落とした、手伝えよ。」
昆虫が視線を落としたまま、私に命じてきた。そう言えば、彼はコンタクトをしているのだった。
「おい、昼間散々迷惑かけたのはどこの誰だ。」
「ペン落としただけじゃない。」
「それでも充分迷惑なんだよ、2回も拾わせやがって。」
「……。」
つっけんどんに『迷惑』と言われてしまっては、返す言葉が全くない……。
胸の奥がちりちりと痛んだ気がするが、別に物理的に何かされたわけでもないので気のせい以外何物でもない。
私は黙って地を這う昆虫になる。
コンタクトのような小さくて透明な物を探すのはとても骨折れる、昆虫に骨はないのだけれど。
2匹とも話すことも鳴くこともなく、時間が過ぎていく……そうだ、元々彼は無口なんだ。
テニス部の人と話しているのを見かけたことは何度もあるが、大抵話しかけているのは気さくな鳳くんからだ。
そう考えると、ペンを落としたときに彼から話しかけてくれた……今日のはレアなケースなのだろうか。
「あ、あった。」
蛍光灯の光を不自然に反射する透明な物を、なるべく傷つけないように優しく摘み上げて光に透かしてみる。
……これはどう見てもコンタクトだ。
「さっさとよこせ。」
差し出された右手の掌に拾ったコンタクトをそっと乗せると、彼は早々と教室を出て行ってしまった。
彼の荷物であろうテニスバッグやらはそのままなので、きっとコンタクトを着け直しに行ったのだろう。
そうなると、『コンタクトを探せ』と命じられた私はもう用済みだが、私はここに目的があっている。教室を出るわけにはいかない。
ふっと時計を見ると私が教室に入ってから10分程経過している。
話すこともロクになかったが、10分も彼と話すことが出来た……そう考えると少し笑みが漏れた。
「何笑ってるんだ。俺が床に這いつくばってるのが、そんなに面白かったのか?」
少し不機嫌そうに眉をひそめた彼が教室の入り口に立っている。
「別に、そんなんじゃない。まぁ、滅多に見られない光景だとは思ったけど。」
遅効性の毒でも回っているんだろうか、『迷惑』という言葉が未だに頭から離れず、ちりちりと胸の奥を痛ませる。
本当に冷たい言い方しかされないな。私はウザがられているのだろうか。
「まぁ、とりあえず、私も日吉が落としたコンタクト拾ったから、これで貸し借りはゼロになったよね。」
「なってない。まだ1回分残ってるだろ。」
落としたペンを拾うのと落としたコンタクトを探すのは全然労力が違うと思うのだが、彼の中では1回は1回らしい。なんて理不尽な。
「じゃあ、残り1回分はまた今度。それより部活行きなよ。」
私はそれを見ているから、それを見に誰もいないのを見計らって教室に戻ってきたのだから。
すると、彼の口から呆れたような大きなため息が漏れる。
「……お前、バレてないと思っているのか?」
「そ、れは……どういう……。」
彼のセリフを思考が一瞬でフリーズした。
口の中が急激に乾いてきて上手く喋れない、何を言えばいいのかわからない、視線が定まらない、彼と目が合わせられない。
明らかに動揺している私に彼は矢継ぎ早に言葉を浴びせる。
「授業中、ずっと俺のことを見てただろ。」
「部活中だって、ここでテニスコート見てるの知ってるんだぜ。」
「今日ペン落としたのだって、わざとだろう。面倒くさい真似しやがって。」
「さっきも俺が部活してるのを覗きに教室に戻って来たんだろう。」
「言っておくが、他の奴にもバレてるんだからな。忍足さんとか特にうるさいんだ。」
「お前が見つかる度に冷やかされる身にもなれよ。」
「本当に迷惑な奴だな。」
ちくちく痛む胸に色んなモノを突き立てられる。
恥ずかしい、申し訳ない、表現出来ない感情がせり上がってきて吐きそう。
もうダメだ、この空間にはいられない……!
「……ごめんっ、ごめっごめん……もうしな、もうしない……。」
溢れ出る涙を拭う余裕もなく、私は電池が切れかけた玩具みたいに同じ言葉を繰り返しながら後退りをする。
こんなにも迷惑をかけていたとは思わなかった。
ひとりでこっそりと淡い恋心を抱いてると思っていたのは私だけだったのだ。
涙で視界が滲んでいく、彼の表情はわからない。
でも、とにかく逃げたくてたまらなかった私は、荷物も何もかも放って走り出すが、彼はそれを許さなかった。
「もうしません……だから、放して……。」
「はん、お前の言うことを聞く義理なんてないな。」
右手首をがっちりと掴まれ、私は完全に逃げられなくなる。
毎日厳しい練習を眺めているだけの帰宅部の女子と、毎日厳しい練習をこなしているテニス部の男子と力の差は歴然だ。
もう嫌われたのはわかったから、これ以上私に構わないで欲しい。
思わず泣き崩れそうになる私を、手首を掴んでいた手が後ろから抱きかかえるように私を支える。
「……別に授業中にずっと俺を見てたことも、授業中にペン落として何度も拾わせたことも、放課後毎日教室から練習を見てたせいで冷やかされたことも、全部許してやってもいい。」
だから、今後俺に関わるな。こんなセリフが脳内再生された。
でも、実際に耳に入ったのは予想していたセリフはなく、私の理想のセリフ。
「……だから、俺と付き合え。これで貸しを全部チャラにしてやる。ちなみに、断ったら許さないからな。」
「そんなの、ただの脅しだよ……。」
「うるさいな。お前に拒否権なんてあると思うなよ。」
「いらない。こんな状況、むしろ喜んで受け入れる。」
ようやく涙が収まったので、振り向いてみると彼は口の端を上げて笑っている。
意地悪だけど、どことなく優しげな……いつか私にだけ向けて欲しいと願っていた表情だった。
おわり
コメント
ちゃんと思春期っぽいの書けるのよ、アピール。
日吉はツン7:デレ3がくらいがいいと思います。
ギャグと違って勢いでどーにかならないのが大変ですね、こーゆーの。
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