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どりーむな文章
赤いトンボをつかまえて



物事には白と黒とハッキリ決められないことがいっぱいある。所謂グレーゾーンってやつ。

日本に住んでいる限り絶対守らないといけない法律にだって、グレーゾーンが存在する。偉い人が集まって決めたものなのに。

なら、それよりもスケールの小さい校則はどうだろう。

「……これならいける。」

こんなにも真面目に生徒手帳読んだの初めてかもしれない。

いつもならただ持ち歩いているだけの生徒手帳。まじまじと読んでみると、さっき話したグレーゾーンを見つけた。

『女子は髪が肩につく場合は、ゴムまたはピン等で髪を留めること。華美なピン、髪留めを使ってはいけない。』

生徒手帳を開いてほくそ笑む私。

机の上には安っぽいトンボ玉のついた、普段使いするにもちょうど良さそうなかんざし。

かんざしはダメとは書いてないもんね! つまりそういうこと!

私は生徒手帳をポイッと、口の開いたままのカバンに放り投げると、そのままベッドに潜り込んだ。

明日、どうなるかな。





月曜日、風紀委員の人達が早起きして校門でチェックする日だ。

校門でバインダーとペンを手に眼鏡を光らせる風紀委員の柳生先輩。私は先輩の姿を確認して、颯爽と彼の前を歩く。

「おはようございまーす。」

「おはようございます。はい、ちょっと待ってくださいね。」

丁寧だけど厳しめな口調で話しかけられた。まあ、ですよね。

振り返るとキラッと先輩の眼鏡が光って見えた。気がする。カッコイイっていうか怖いね、ちょっと。

「珍しい物を着けておられますけど、それはいけませんねぇ。お名前は?」

来た、私が昨日何度もシミュレーションした通り。ちょっとニヤけそうになる口元を我慢して、用意していた台詞を言う。

綾辻でーす。でも、生徒手帳には『かんざしはダメ』って書いてないですよ。」

私の台詞に少し眉をひそめてバインダーを見つめる先輩。あのバインダーって校則が載ってるのか、まあ普通考えたらそうか。

先輩は指でコツコツとバインダーを叩きながら、納得いったのかいってないのか、不本意そうに唸った。

「ううん……確かにそうですね……。仕方ないですね。今回は行ってもいいですよ。」

「はーい。」

私の返事が終わるか終らないかくらいには、先輩はもう別の生徒のチェックに入っていた。

『今回は』か。次は止められるのかな。それはそれで、話す機会が出来るからいいんだけど。『今回は』これでいっか。

少なくとも私の印象はついたはず。今まで、悪目立ちしないように校則守ってたんだけど、やっぱり冒険しないとダメなんだな……。

だって、こんなに喋れたの初めてなんだもの。

――それから一週間経った月曜日も、私は堂々とかんざしを着けて校門を通り過ぎようとする。

通り過ぎ『よう』とするのが大事。だって通り過ぎたら、先輩と喋れないじゃん。

「おはようございまーす。」

我慢しきれずニヤけてしまった私の顔を見るやいなや、先輩は少し呆れたように軽くため息をついて、眉を下げて笑う。

「……味を占めましたね。残念ながら、先週の会議じゃ決まらなかったんですよ。どうぞ。」

「こういうのって会議で決めるもんなんですか?」

ぽろっと明かされた風紀委員のウラ話的なモノに食いついてみると、先輩はあっさりと答えてくれた。別に秘密でもなんでもないのか。

「曖昧なものは話し合って基準を決めるんですよ。かんざしはあなた一人だけでしたので、議題にすら挙がりませんでしたよ。」

「へぇ……。」

私ひとりだけなのか……そりゃあ、印象にも残るわ。私の作戦結構イイトコ行ってたんだ。

覚えられてたのが嬉しくって、内心テンション上がっていると、先輩はちょっと意地悪そうに笑って、視線を向こうへとやった。私も視線の先の追いかけてみると……。

「でも、真田くんに見つかると、問答無用で取り上げかもしれませんね。見つかる前に退散した方がいいですよ。」

視線を追いかけた先は、下手な先生よりも厳しい真田先輩が、ちょっとチャラそうな男子にお説教なうのシーン。

この先輩に捕まったら、柳生先輩にやった屁理屈なんて一蹴されて、取り上げ決定だろうな……。

『だって、かんざしダメって書いてないもーん』とか言い終わる前に、生徒手帳にバツ書かれておわり。

このバツが学期内で五個溜まると、終業式の日に校内の草むしりをさせられるという。

みんなが春休みだー、夏休みだー、冬休みだー、とキャッキャウフフと家路につく中、バツのついた人達は、軍手とビニール袋だけ渡されてもっしもっしと草をむしるわけだ。やだねー。

良い子ちゃんの私は一応バツは一個もついてない、だからと言ってバツがついていいわけじゃないし。

「それは困る。じゃ、失礼しまーす!」

挨拶もそこそこに、速足でその場から離脱しようとすると、先輩はクスッと笑って軽く手を振ってくれた。

……笑うと結構可愛いじゃん。

ちょっとドキドキするのは、速足のせいだけじゃないな……なんて。

――最近、一週間過ぎるのが長く感じる。月曜日が待ち遠しいからかな。長く感じるのに中身がない。今の私には月曜日の朝が全てになっている。

「おはようございまーす。」

「おはようございます。まだかんざしは大丈夫ですよ、どうぞ。」

スッと道を開ける先輩……あれから何週間も経ってるのに、まだ決まってないのか。

「簡単に決まるもんじゃないんですね。」

風紀委員会の会議ってのは、私が思っている以上に面倒くさい会議なんだろうか。

パッと『かんざし着けてる奴いるんですけど、校則違反でいいですよねー?』で終わりそうな気がしなくもないんだけどな。みんな私ほど単純じゃないってことかな。

「まあ……そうですね。なかなか難しいですね。」

先輩がちょっと都合悪そうに目を伏せた。聞いちゃいけない話だったかな。

「ですが、決まってなくても、真田くんに見つかったら取り上げですよ。早く逃げないと。」

ちょっと強引にぽん、と背中を押されて、今日の会話はこれで終わり。なんだか無理やり終了させられちゃった。

今日は踏み込み過ぎたの……かな?





ちょっとずつだけど、ずっと気になってた先輩と喋る機会を作ってくれたこのかんざし。

先の方に派手めな赤いトンボ玉がついてる、千円もしなかった安っぽいかんざしだけど、感謝の意も込めて、あの日から月曜日だけじゃなくて毎日愛用している。

「適当に買ったみたけど、結構可愛いじゃん。」

実はちゃんと見てなかったんだけど、トンボ玉の模様って結構可愛いんだね。知らなかった。

上から下から斜めから。まじまじとかんざしを観察してる拍子に、ぽろっと。

「あっ……!」

と、声をあげた時にはもう遅く、手から滑り落ちたかんざしは、固いフローリングにクリティカルヒットしたのか、カンッというかパキッというか、とにかく聞きたくない音が耳についた。

慌てて拾い上げても手遅れもいいところで、完全にヒビが入って、一部が欠けてしまったお気に入りのかんざし。

明日もこれを着けて、先輩と喋ろうと思っていたのに。

「流石に無理かあ……。」

深くため息をついても、ひび割れたトンボ玉は直らない。床に残った粉みたいな欠片はそのままに、かんざしを勉強机に放置して、私はベッドに潜り込んだ。

今までなんとも思わなかった月曜日が、かんざしひとつで私の最大の楽しみになって……かんざしひとつで壊れて終わってしまう。

「おはようございまーす……。」

肩にかかる髪の感触すらも重く感じるこのテンション。自然と声も低くなる。

「おや、今日は何も着けてないんですね。でも、髪の毛はちゃんと結ってくださいね。」

柳生先輩は特に変わった感じもなく、私の頭を見るだけだった。私のことは『かんざしを着けた変わった奴』みたいな認識でしかなかったのかな。それを思うとちょっと悲しい。

「はーい。」

それでも髪を留めずに来たのは、ちょっとでも会話をする為の悪あがき。のろのろとポケットに入ってたゴムを取って、ゆるゆると髪を結う。

先生が注意する声や、やる気のない挨拶がなんだか遠くに聞こえる。なんかもっと、気の利いた言葉を、言わなくちゃ……えーっと……。

「……。」

「……。」

って色々考えてみても、特に思いつかず。あれ、私ってこんなに話すの下手だったっけ……。

無言のまま髪が結い終わると、先輩が中指でくいっと眼鏡を上げつつ、眉を下げた複雑そうな顔をして口を開く。

「……それにしても残念ですね。」

「え?」

私はこの眼鏡を上げる仕草が地味に好きで、ちょっと見とれていたなんてそんな……なんて言ったの?

先輩は私の顔は見づらいのか、バインダーに視線を落としたまま続ける。

「あのかんざし、似合っていたのに。」

「……!」

突然の褒め言葉に顔がボッとなった。一瞬で頭に血が昇るってあるんだ……。

顔が熱い。えーっと、ここは笑顔で『ありがとうございますー!』って、語尾を上げ気味に言ったら可愛げがあるのか。いやでも、真面目そうな先輩には逆効果? ああ、でもでも無言の方が……。

バインダーに視線を落としたままの先輩は、赤くなって何も言えない私に気づかず、ぽつぽつと自分の話を続ける。

「……以前に、曖昧なものは会議で決めるって言いましたよね。」

「あ、ああ……そういや、言ってましたね。」

どもりながらも大きく頷く私。やっと目が合った先輩は自嘲気味にクスッと笑うと、またバインダーに視線を落とした。

それから、私の顔を見たくないのか、目を伏せたまま、溜めるように息を吸い込んで……。

「ずっと議題に挙がらないって言ってましたけど、嘘なんですよ。私がわざと言わなかっただけなんです。」

まるで懺悔でもするみたいに、申し訳なさそうに、でも早口で先輩は続ける。

「毎週、あなたがしたり顔で、私の前を通り過ぎて行くのが好きだったんです。大げさに言うと、月曜日の楽しみだったんです。」

顔を上げると、少し悲しげな目が眼鏡の奥に見える。なんでそんな顔するの。なんで諦めたみたいな口調で言うの。

「私だって、毎週楽しかったんですよ。ホントは今日だって、かんざし着けたかったんですけど、昨日壊しちゃったから……。」

先輩の目をじっと見つめ、今までのことを思い出しながら、そう告げる。先輩の目の色が変わっていくのがわかった。

「……良かった、私に話しかけられるのが嫌で、かんざしをやめたんじゃないんですね。」

「当たり前じゃないですか。だって、話しかけられたくて、かんざし着けたのに!」

とんでもない勘違いを慌てて首を振って否定をすると、先輩が今まで見たことないくらいに顔を緩ませて笑う。

初めて見る顔に一瞬で鼓動が速くなる。落ち着け、私……!

「あはは、随分と遠回りな作戦だったんですね。その、今度からは月曜日でなくても、こうやって話しかけてもいいですか?」

ずっと待ってた台詞じゃない。

「……綾辻さん……いえ、さん。」

多分、私、今まで生きてて一番のいい笑顔になれた気がする。



おわり



かなりベタな展開。
柳生さんは無意識のうちに、ちょっぴり贔屓しちゃってるタイプだと思ってます。

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あきゅろす。
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