KYO拍手ログ
2006年大晦日
今年も今日で最後の日。ゆやは台所で忙しなく動き回っていた。
「サスケ君」
年越しはゆやさんの店で、と駄々を捏ねた主のお供で彼女の店にやってきていたサスケだが、忙しい彼女を見かねて手伝っていた。因みに主の幸村は、奥でほたるや灯らと既に出来上がっていた。
「どうした、ゆやねぇちゃん」
呼ばれて振り向くと、菜箸で黒豆を摘んだゆやが立っていた。
「味見してくれる?」
そういうと、小首を傾げた彼女が口元にそれを持ってきた。
「いや、手で受けるからさ」
慌てて首を後ろに引っ込めると、ゆやが笑う。
「大丈夫よ。洗えばいいんだし」
それでも逡巡していると、ふらり、と幸村が顔を出した。
「ゆやさーん、一息…って、どうしたの?お箸持ったままサスケに迫っちゃって。狂さんに見つかったら殺されるよ?サスケ」
ニタニタと楽しそうに笑いながら、幸村は台所へと入ってきた。サスケは頬を染めて、主を睨む。
「なんで俺が殺されるんだよ!そういう御幣のある言い方すんなよな、ねぇちゃんに失礼だぞ」
「そう?でもゆやさんに迫られちゃったら、ボクだったら直ぐに陥落、降参しちゃうけどな〜」
そう言うと、幸村はゆやに纏わり着いた。
「もぅ、幸村さんてば!酔っ払うの、早いですよ?」
苦笑しつつ、ゆやは幸村を適当に座らせてあしらった。店を開くようになって、こういうお客の対応も馴れたものだ。幸村も楽しそうに笑っている。
「…で?ホント、何してたの?」
幸村が尋ねると、ゆやが菜箸で摘んだ黒豆を突き出した。
「サスケ君に味見してもらおうを思ったんですけど…」
そういうゆやに、合点がいったのか、幸村は『あぁ、そういうこと』と呟いた。
「なんだ、サスケったらウブだなぁ」
「え?」
幸村の発言に、ゆやは不思議そうな顔をして、サスケは真っ赤になって彼をみた。
「ゆやさんに『あーん』ってしてもらうのが恥ずかしかったんだよね?」
「ち、違うっ!俺はだなぁ、箸に直接口を付けるのは躊躇われただけだっ!」
サスケのその言葉を聞いて、ゆやは、なんだ、と言った。
「お箸はもう洗うつもりだったから大丈夫よ?あ、でも、行儀悪かったわね、ゴメンね」
「…っ」
ゆやにそう言われ、サスケは言葉に詰まる。そんな遣り取りを見て、幸村が楽しげに割り込んできた。
「じゃあさ、ボクが味見して上げるヨ。ゆやさんが作った黒豆、一番に食べられるなんて来年もイイコトありそうだし」
「幸村さん、そんなこと言っても何も出てきませんよ?」
「あーん、って食べさせてくれるならそれで十分!」
そんな幸村に苦笑すると、ゆやは口を開けている彼に箸を運ぶ。
「…待った!」
もう少しで幸村の口に箸が届こうとしていた時、サスケが叫んだ。
「…どうしたの?」
幸村が、悪戯っ子のような笑みを浮かべてそう言う。ゆやも突然の彼の大声にピタリと動きを止めた。
「…酔っ払いに味なんて分かんねーだろっ。俺が味見してやるよ、ねぇちゃん」
「え〜、酷いなぁ、サスケったら」
「ウルサイ!お前は奥でアイツらと飲んでろよ!」
そう叫ぶと、サスケは幸村の背中を押して奥の座敷へと追い返した。
「…サスケ君、いいの?」
「あぁ、アイツがいたら進むものも進まねぇだろ」
その言葉にゆやはクスクスと笑いを漏らすと、再び菜箸をサスケに向ける。
「じゃあ、サスケ君。お願いできるかな?」
「…あぁ」
頷くと、サスケはきゅっと目を瞑り、口を開けた。菜箸の先がほんの微かに歯に当たり、舌の上につるりとした物が触れる。
「…うん。美味いよ、ゆやねぇちゃん」
ほっ、とした気配に、サスケは今まで閉じていた目を開けた。
目の前に花が綻んだような笑顔があった。
「良かった、ありがとうサスケ君」
「…別に、大したことしてねぇよ。俺、水汲んでくる」
「あ、うん。お願いね」
ゆやに顔を見られたくなくて、サスケは俯き加減に外へ出た。冷たい風が、今は火照った頬に調度いい。
「…ったく、ガキかよ、俺」
思いがけずに出会ったあの笑顔は、サスケの心に燻っていた、小さな火種を刺激する。
初恋だと、そう自覚したのはいつだったか。密かに諦めた想いは、あまりに簡単に顔を覗かせる。
「…ったく、あの無自覚無意識も、ある意味最強の凶器だぜ、ねぇちゃん」
だが、今幸せな彼女に、この想いは伝えられるものではない。そして、今の関係に浸かっていたいのなら、伝えるべきことでもない。
――まぁ、一年の最後の日だ、心の整理にも調度いい。整理して、奥へしまって、いつか思い出に変わるまで…。
サスケは胸の前で拳を握り、何かを誓うように目を閉じる。
そして再び歩き出した彼の背中は、少年から青年へ、ほんの少しだけ成長していた。
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