旧KYO
大切な人からの贈り物(2005年ホワイトデーネタ)
いつものように宿の窓辺に腰掛けて外を眺めていたほたるは、表通りに見知った顔を見つけた。その人はいつもと違い金色の髪をさらさらと後ろに流して、腕になにやら抱きしめるようにして歩いていた。
「あ、ゆやはんやないか〜」
ふいに後ろから声が聞こえ、ほたるはちらりと視線を流す。そこには声の主である紅虎と梵天丸がいた。二人とも先ほどのほたると同じように外の少女を見ている。
「えらく楽しそうだなぁ…何持ってんだ?」
梵天丸の言葉に、ほたるは再び外の少女に目をやった。たしかに、何処となく楽しげに歩いている。楽しそうというよりは、嬉しそう、か。
「皆で集まって何してんの〜?…って、あれ、ゆやさんじゃない♪」
また別の声がしたと思った途端、ひょい、っとほたるの視界を遮るように人の後頭部が出てくる。
「…ジャマなんだけど」
「あぁ、ゴメンね〜」
ほたるは少し不機嫌そうにその人物に言った。くるりと振り返り笑いながら謝った人物は、本来なら九度山にいるはずの真田幸村である。
「しかし、ゆやはん、ホンマに何持っとるんやろ?」
紅虎が、梵天丸と同じ疑問を口にした。
「え?…あ、ホントだね。何持ってるのかなぁ?」
「…だから、ジャマなんだけど」
再び視界を遮る幸村にほたるはさらに不機嫌さを醸し出す。
「ゴメン、ゴメン」
幸村は苦笑して顔を上げた。梵天丸が、子供染みたことしてんじゃねぇよ、とため息を吐いた。
「なんかちっせぇ箱みたいだな。いやに嬉しそうに見てるぜ…ありゃ男からかもしれねぇなぁ」
「なんやって〜ぇ!!!ワイのゆやさんに手ぇ出しとるヤツがおるんか!?」
梵天丸がニヤニヤ笑いながら言った言葉に、紅虎が反応して喚く。誰どう見てもお前のもんじゃねぇだろ、と梵天丸が突っ込む横で、幸村が思いついたように手を叩いた。
「あぁ!今日ってあの日じゃない!」
「あの日?」
幸村のその言葉に紅虎が聞き返した。
「あの日って…あぁ、あの日ね」
梵天丸も思い出したのか、ほぉ、という表情を浮かべて外を見る。代わりにいままで外を見ていたほたるが幸村と梵天丸を見た。
「あの日ってナニ?」
「あれ?二人とも知らない?今日は三月の十四日でしょ?」
「それがなんや?」
紅虎はさっぱり分からないといった顔で幸村を見る。ふふ、と笑って幸村は言葉を続けた。
「今日はね、男が女の子にお返しをする日なんだよ〜」
「お返し?」
「そう!これには対になる日があってね、二月の十四日にまず女の子が好きな男に贈り物を贈るんだ。で、そのお返しの日が今日なんだよね」
「だから、ゆやちゃんが嬉しそうなのはその好きなヤツに貰ったお返しだからだろ」
梵天丸がニヤッと笑いながら幸村の言葉を引き継ぐ。
「う…嘘やぁぁ!俺のゆやはんがぁ〜」
その言葉を聞いて紅虎はガクリと膝をついた。そんな横でほたるは幸村と梵天丸を睨む。
「おいおい、俺達を睨んでもしょうがないだろ?なんなら本人に直接聞けばいいじゃねぇか。ちょうど帰ってきたみたいだしな」
梵天丸の言葉通り、とんとん、と軽い足音がした後、ゆやが部屋に入ってきた。
「…ひゃっ、びっくりしたぁ。皆さん集まってどうしたんですか?ってか、どうしたの、トラ?」
部屋に入るなり四人の漢に注目されていることに気付き、ゆやは驚きの声を上げた。そして、その中でも何故か手と膝を畳についている紅虎に声をかける。
「…ゆ、ゆやは〜ん!」
「えっ…ちょっ、何すんのよ、バカトラ〜!!」
いきなり抱きつこうとした紅虎を、ゆやは躊躇いもなく、そしてどこからともなく取り出したハリセンで殴り飛ばした。
「…ええツッコミやで…ゆやはん…」
紅虎は柱に激突しつつ、いつものセリフを言う。そんなやり取りを他の三人は呆れつつ見ていた。
「それより、ゆやさん。それ何?」
二人のやり取りが落ち着いた後、幸村はゆやに聞いた。
「え?あぁ、これですか?」
そう言うと、ゆやは手にしていた小箱を見た。顔がふっと綻ぶ。
「ゆやちゃんにそんな顔させるなんて、さぞかしいいお相手から貰った物なんだなぁ?」
梵天丸は興味津々といった表情でゆやに尋ねる。
「ふふふっ、そうなんです!」
彼女は極上の笑みでそう言うと、そっとその箱を開けた。その中身は、一本の結い紐だった。両端に房のついたその紐は、美しい色の上質な糸で組まれた、ゆやに似合いの物だった。飾りに使うのであろう小花も箱の中に添えられている。
「…キレイ…」
「うわぁ、ゆやさん、つけてみてよ!」
箱から取り出されたそれをみて、ゆやは感嘆の声をあげ、幸村は楽しげに彼女に言った。ゆやもその言葉に従い、いそいそと髪をいつものように結う。それは本当にゆやの容姿にしっくりと収まっていた。その時、梵天丸がふと気付いたことを口にした。
「そういやゆやちゃん、いつもしてたのはどうしたんだ?」
「あれはこれをくれた人にあげました。でも…こんな良い物ってわかっていたら、ちゃんとした物を贈ったんですけど…」
ゆやは苦笑気味にそう答える。
その時、いままで黙っていたほたるが不機嫌さも露に口を挟んだ。
「それって誰なの?」
「そうや、誰や、ゆやはん!」
いつの間にやら復活していた紅虎も加わり、ゆやの返答を待つ。
「あ、葛葉さんです」
にっこり笑ってそう言ったゆやに、四人は目を丸くした。
「葛葉さん、て…あの、葛葉さんだよね?」
「そうですよ?他にいるんですか?」
ゆやは苦笑して幸村を見た。葛葉とは、ゆやが親しくしている遊女のことである。遊女といっても客と床を共にすることは滅多になく、彼女は大抵において歌や踊り等で客の相手をしていた。そして葛葉は、客でもないゆやをとても可愛がっていた。故郷の妹に似ているからだと彼女は言っているが、きっと他にも理由はあるのだろう。
「あー、男からじゃねぇんだな?」
梵天丸が念を押すようにゆやに尋ねる。
「当たり前ですよ〜!」
そんなことあり得ません、と笑いながら言うゆやに梵天丸は苦笑した。
「なんやそうなんか〜。ワイはこの二人があの日や言うからてっきり…」
「あの日って?」
不思議そうに首を傾げるゆやに、幸村が先程ほたると紅虎の二人にした説明をしてやる。
「そうなんですか?私は葛葉さんに『親しい人に感謝を込めた贈り物をする日』だって聞いたんですけど…」
あぁ、そうなんだ〜、と幸村は曖昧に笑った。
「しかし、こりゃなかなかの物だぜ」
「そうなんですか?」
梵天丸の言葉にゆやは髪を束ねている紐の房を触る。
「あぁ、特別に作られたもんじゃねぇか?」
「そうだろうね」
「そんな良い物だなんて…これじゃ交換にならないなぁ…」
「交換てなんや?」
ゆやがそう呟くのを聞いて紅虎が尋ねた。
「これを貰う時にね、最初こっちは何もあげるものがないからって断ったんだけど、葛葉さんが、これは自分の使っていた物だし、そんなに言うなら私がつけていた結い紐と交換しよう、ってことになって、交換って形でこれをもらったのよ」
「ほな、その場でつけてきたらよかったんやないか?」
「私の髪はお日様に当たるとキレイだから、せめて店を出て見えなくなるまででいいから後ろに流していてくれないかって」
ゆやは葛葉の言葉がよほど嬉しかったのか、ニコニコと笑いながら紅虎に話して聞かせた。その話を聞いて、幸村と梵天丸は顔を見合わせ何やら複雑な表情を浮かべる。
それは葛葉が示した、彼女なりの独占欲のようなものではないのか。もちろん恋愛感情ではなく、女性特有の、親愛の証とでもいうような。身に着けている物を交換することによって、いつでも自分が見守っているのだとでも言うような。
ゆやを敵に回したら、この界隈では女を買うことはおろか、酒も飲めなくなってしまう危機に立たされているようだ、と二人は密かに青くなっていた。
「じゃあさ、俺のこれとそれ、交換して」
だが、そんな二人の危惧など我関せずのほたるは、ゆやの傍に来て元葛葉の結い紐を解くと、自分の額の物を指差した。
「えっ、だ、ダメです、ほたるさん!」
「なんで?」
「だってそれは大事な貰い物ですし」
「おいほたる!やめとけって。大体お前、ゆやちゃんとそんなに親しくねぇだろ」
「そうだよ〜。それに告白されたわけでもないんでしょ?」
「当たり前や!」
自分達の行く末を危惧した二人と、何も分かっていないが取り敢えずゆやは自分の物だと主張している一人は、口々にほたるを止める。
「アンタが他人のしてた物するなんて、なんかヤだ」
「そんなこと言われても…」
しかし引き下がらないほたるは、ならばとこう切り出した。
「じゃあ、着物交換しよ?」
「「「「…はぁ!?」」」」
ほたるのあまりに大胆な発言に、他の者達は固まってしまった。
「今着てるのでいいからさ」
そんな周りの様子などお構いなく、ほたるは自分の着ていた上っ張りを脱ぐと、一向に動き出さないゆやの着物の帯に手を掛けた。
「…ってオイ!ほたる!!止めろっつってんだろうが!」
「そうや、なにやとんじゃ〜〜っっ!!!」
「ナニ、やるの?」
その後、宿に壊滅的な打撃を与えた三人が、ゆやに怒られた上に暫くの間、酒・女の類を絶たれたのは言うまでもない。
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