旧KYO 伝えたい思い(狂ゆや) たしかに。 お日様の恵みをいっぱい受けた布団はフカフカで。 つい誘われるように横になってみて。 疲れのせいでウトウトもした。 でも…。 (な・ん・で!狂まで隣で寝てるのーっ!) 村正宅での家事の途中でウトウトしてしまったゆやは、目覚めた瞬間飛び退いた。覚醒した直後は思考もまだ鈍く、目の前のモノが何なのか理解できなかったが、正体を捉えた瞬間に、その光景に驚いてしまったのだ。そう、目の前にあったもの…、正確にはそこにいた人物は、誰であろう、あの狂だったのだ。 目が開いて最初に、しかも間近で見たものが狂の顔ならば、ゆやの驚きも致し方ない事だといえるだろう。 (でも…もしかして、熟睡?) 暫くして驚きから解放されたゆやは、恐る恐る狂に近づくと、顔を覗き込んでみた。 赤い瞳は瞼の下に隠されている。顔の前で手を振ってみた…反応はない。そっと前髪に触れる…やはり動かない。 (やだ、こいつ本当に寝てるわ) 普段の彼にはあり得ない姿に、ゆやは笑みを零した。 ふと感じる気配に、彼女の目覚めを知る。ぱっ、と離れた存在が、またゆっくりと近づいてくる。なんとなくそのままでいた。 彼女がどう思うか。 彼女がどうするのか。 ただ純粋にそれが知りたくて、無防備な自分を装ってみた。 より近くにくる気配。 …これは顔だな… 前髪を、始めはそっと、徐々に大胆に、それでいてとても柔らかく優しげに撫でる指。 …何やってやがる… 頬に当たる掌の温度。 …くすぐってぇ… 彼女の心地よい悪戯に内心苦笑していた彼は、だが次に発せられた言葉に息を止めた。 ゆやは止めていた指を再び動かし始め、狂の前髪を撫でた。 (意外とキレイな髪ね) 彼女の髪も十分綺麗なのだが、私もちゃんとお手入れしなきゃ、などと考えたりている。そして、その手をそっと彼に頬に当てた。 (少し…痩せた、かな?) それもそのはず、狂はほんの少し前まで村正と修行をしていたのだ。彼自身は『自分のため』だと言っているが、理由の一つに『ゆや』がある事には相違ない。彼女の身体に入れられた水龍を止めるため、そのために厳しい試練を乗り越えてきたのだ。痩せた、というよりは、やつれた、の方が正確であろう。 ゆやは、狂の頬に手を当てたまま、逆の手を胸元に当てて、ぎゅっと握った。 なんだか胸がイタイ… 水龍のせいではない、切ない痛みがゆやの心を締め付ける。気持ちが溢れ出た。 「ごめんね?狂」 きっと、寝ている彼には届かない。それでも伝えたい言葉がある。だからこそ言える気持ちがある… 「ごめんね、それから、ありがとう。私、貴方に会えて本当に良かった。これからも迷惑掛けちゃうけど、狂のこと信じてるからね」 そう言うと、ゆやは名残惜しそうに手を離し、そっと部屋を出て行った。 彼女が部屋を出た後、彼は静かに瞼を上げた。触れられていた頬が熱く、思わずそこに己の手を重ねる。 …チッ… 命が危ないというのに、しかもその原因は彼にもあるというのに、彼女は責めるどころか謝った。そういう人間だったと改めて思い出し、守ってやれなかった自分の非力に怒りさえ感じる。 …お前は自分の心配だけしてればいい。こんなところでうたた寝するぐらいならちゃんと寝ろ… 眠れぬ夜が続いていることは知っている。それでも笑顔を絶やさぬ強さに幾度救われたか…。 「…チンクシャが…言っただろう、借りは必ず返す――お前の命は必ず救う――、ってな」 だから、信じていろ。次は絶対守ってやる…。 彼はまだ微かに残っている彼女の暖かさを感じながら、狂はそっと笑みを洩らしていたのだった。 [*前へ][次へ#] |