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旧KYO
雪と温もりと(ゆや←ほたる)


朝から酒を買いに行かされ、ゆやはとても不機嫌だった。外は曇りで寒く、吐く息は白い。思ったより値切りに成功し、宿を出た時より幾分機嫌は直ったものの、両手に重い酒瓶をかかえあまり早く歩くことはできなかった。

「どいつもこいつも、誰のおかげでお酒が飲めると思ってるのよ!たまには荷物持ちにでもこいっ!」

明らかに怒り心頭といった様子でゆやが呟く。それもそのはず、漢達が飲む酒代は毎回彼女が払っているのだ。時には女もつく。貯金を趣味にするゆやにとって、そんなことで日々減る蓄えに我慢ならないのだ。

「ホント、腹たつわ。大体…」

さらに文句を言おうとしたとき、白いものがはらはら舞い落ちてきた。見上げると雪がふわりと顔に当たり、溶けていく。ふと、昔兄と作った雪うさぎを思い出し、ゆやはそっと微笑み白い綿雪を見た。

そのほんの後ろに、無表情の漢が一人、ぼぅ、っと立っていた。彼は朝散歩するために宿を出て、そしていつものように迷子になっていた。

「寒いのはキライ」

呟いて、あてもなく歩き始めようとすると、前方に見知った金髪を見つける。ちょうどいい、一緒に行けば宿に戻れるだろうと、彼にしては珍しく名案を思いつき、すたすたと近づいていった。

少女に近づくと、空を見上げ物思いに耽っている様子だった。彼にはまったく気づいていないようだ。暫く黙って見ていると、彼女がふっと微笑んだ。その顔は、どことなく懐かしそうで、なんとなく愛しそうで、そしてとても寂しそうで、放っておくと消えてしまいそうで…。

「ねぇ、何してんの?」

ほたるは思わず声をかけた。

聞き覚えのある声に少女が振り向く。

「ほたるさんじゃないですか!どこ行ってたんですか?」

「散歩。宿ってこっちだっけ?」

ほたると呼ばれた漢は、いつもの無表情で答えた。

「ほたるさん、迷子になったんですね?」

少女は苦笑して相手を見る。

「そういうアンタは何してんの?」

迷子と言われたことを気にも留めず、ほたるは再び尋ねた。

「アイツらがウルサイんでお酒を買ってきた帰りなんです」

少女はそういうと、両手の酒瓶をほたるに見せた。

肩に雪を薄っすら纏い、赤い手で酒瓶を持つ姿を見て、ほたるは呟く。

「ふぅん…やっぱりアンタ、狂の女なんだ」

「はぁ!?な、なんでそうなるんですか、ほたるさん!!」

言われた少女は顔を赤くして抗議した。

「それに私は『狂の女』なんて名前じゃありません!『椎名ゆや』っていう名前があるんです!」

「でもアンタはこんな日にだって文句を言いながら酒を買いにきてるでしょ。嫌いならそんなことしない」

食って掛かるゆやと名乗った少女に、やはり無表情で返した。

「そっ、それは!ほっとくと高いお酒を大量に買ったりするからです!!大体『狂の女』って言ったら…」

そこまで言うと、ゆやは急に語尾を濁した。

「言ったら?」

ほたるは彼女に尋ねるが、

「…とっ、とにかく!ちゃんと私の名前を覚えて下さい!!」

と、なぜか顔を赤くし、話を切り上げるように横を向いてしまった。

「ふぅん…まぁいいや…ねぇ、さっき何考えてたの?」

「えっ?」

「さっき。空見てた。なんで?」

一瞬戸惑うゆやにほたるは重ねて質問する。

「…あぁ、雪を見て昔を思い出していたんです」

「昔?」

「はい、小さい頃、雪が降るとよく兄さまと雪うさぎとか作って遊んだなぁ、って」

そういうと、ゆやは先ほどと同じ微笑を浮かべ舞い落ちる雪を見上げた。

「…ねぇ。アンタ、寒いの?」

「えっ?」

ほたるの何の脈略もない質問に、ゆやはまたも戸惑った。そりゃあ、雪が降るぐらいだから寒いのは当たり前だ。それとも、ほたるは炎が出せるぐらいだから、もしかしたら寒くないのだろうか?そんなことを考えていると、ふわりと暖かい空気に包まれた。

「アンタさ、今すごく寒そうな顔してた。こうすれば暖かいでしょ?」

そういうと、ほたるは腕に少しだけ力を込めた。もちろん、中に閉じ込めた存在を壊してしまわないように、細心の注意を払いながら。

そう、ゆやはほたるの腕に抱きしめられたのだ。最初は何が起こったのか分かっていなかったが、暖かさの正体に気づいた瞬間、ゆやは真っ赤になった。

「あっ、あの、ほたるさん!?あの、私、別に大丈夫ですから!!」

それより早く帰りましょう、と腕の中でもがいてみるが、ほたるの腕は彼女の体から離れなかった。それでも腕から抜け出そうとしていた時、ほたるが呟いた。

「だって昔の話した時、すごく寒そうだったじゃない。そのまま消えてなくなりそうだった…」

ゆやはその言葉に驚いて顔を上げた。いつもの無表情の奥に、胸を突かれるような色のある表情を見つけ、はっとなる。昔話をしていた時、別段寒いとは感じていなかった。だが、懐かしさと同時に寂寥感は感じていた。もしかしたら、その感情をほたるは寒そうだと感じ取ったのだろうか。胸にしまった暗闇に囚われそうな自分を、消えてしまいそうだと思ったのだろうか…。

「…本当に、もう大丈夫ですよ、ほたるさん」

「…」

「大丈夫、私は消えたりしませんよ!まだまだやらなきゃいけないこともありますし。狂っていう賞金首を見逃したままいなくなったりしません!」

そういうと、ゆやは微笑んだ。それはいつもの華のような、身の回りの者を惹きつけてやまない笑顔だった。

「…うん、分かった」

ほたるはそういうと、そっとゆやを解放する。少し残念そうな、諦めにも似た複雑な表情を浮かべたが、ほんの一瞬だったため、それは少女に気づかれることなく消えていった。

「…さて、雪も降ってますし早く宿に帰りましょう!」

「うん。あ、それ俺持つよ。」

ほたるはゆやの抱えていた酒瓶をひょい、と取り上げた。

「え、いいんですか?ありがとうございます!」

嬉しそうに礼をいうゆやに、ほたるは空いている手を差し出す。

「そのかわりさ、手、繋いでよ」

「えぇっ!?」

「アンタは大丈夫かもしれないけど、俺、手が寒いし。それにそうすれば迷子にはならないでしょ?俺が迷子になったら、探すのはアンタみたいだしね」

しれっ、とした顔でそういうと、ほたるは強引にゆやの手を取り歩き出した。ゆやはほたるの言動をあっけにとられたように見ていたが、やがてクスクスと笑い

「ほたるさん、宿はあっちですよ?」

と言いながら、彼の手を引いて、ゆっくり帰路を辿っていった。

――ほらね、アンタがいないと、俺が困るんだよ。だから、消えないで。俺が間違えそうになっても導いてくれる光でいてよ。その代わり、寒い時は暖めてあげる。アンタの淋しい笑顔なんて、もう見たくないから――

宿に着き、手を繋いだ二人の姿を見た狂が、ほたるを殴ったのは言うまでもない。



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