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小説




――カチャ



鍵を掛けていない扉は、抵抗なくすぐに開いた。
いつもの習慣で真っ先に玄関を確認するが、そこにあるのは俺の靴だけ。
あいつの靴は、ない。


――なのに。



「…?」



何かが、違った。


短い廊下の先で閉ざされた扉の向こう側からは、物音一つ聞こえない。
何の気配も感じられない。


それでも、何か。
敢えて言うなら、それは空気。
この場を満たす空気が、いつもとは違っていた。


そう、これは昔……
あいつが、いた頃の――



「…っ」



乱暴に靴を脱ぎ捨てて、俺は数メートル先の扉に飛び付いた。
息をするのももどかしく、木製の古い扉を開け放つ。



「ツバサ…!」



自分の慌ただしさとは全く逆の、静まり返った部屋の中。
ドクンドクンと忙しなく鳴り響く心臓の音とリンクするかのように、小さな寝息を感じた。
六畳程のこの空間では、見回すまでもない。
ベッドの上の膨らみと、そこから覗くひよこのような金色の髪が、視界に飛び込んでくる。



「ツ、バサ……」

「……んー…」

「…っ」



いる。
確かに、ここにいる。
同じ空間に。
数えきれない程身体を繋げた、ベッドの上に。



「んー…?とーや…?」

「…ッ」

「おかえりー…」



それは多分、今一番聞きたかった言葉。
一年前までは、当たり前のように耳にしていた言葉。
胸がいっぱいで、声にならない。
その場から、動くことさえ出来ない。





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