黄蝶
3 side:奏斗
それに、“まだ”ってなんだろう。
ということは、彼の知ってる僕はテニスをしてたってこと?
「人違い、じゃないんですか?」
僕は冷静を装って声を出す。
そうだ。
人違い。
だって、僕はこの人を知らないし、テニスだって最近始めたばかりだ。
僕の記憶が正しければ。
「まぁ、お前はどうだっていい。翡翠はどこにいるんだ?」
彼から発せられたその名前に、僕の思考は停止した。
頭の中で蘇り始める記憶。
僕が今まで忘れてた過去。
目の前の男は、兄さんを傷つけ、テニスを奪った張本人だ。
鮮明に浮かんだあの頃の映像は、忘れてはいけないことだったのに。
僕は自分を守るために記憶を封じ込めた。
この人の存在と一緒に。
ずっと気になってた。
なんで兄さんは一人東京で暮らすのか。
なんで名字を変えているのか。
親に聞いても教えてくれないし、兄さんだってきっと教えてくれない。
自分で思い出さなきゃいけなかったんだ。
この人の、もう一人の兄の存在を。
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