†リリー・オブ・ザ・ヴァレイ† †エピローグ† 終わった。 何もかもが終わった。 そんな錯覚に襲われた。 錯覚……か。 案外合っているのかも知れない。 吸血鬼である自分を殺して生きてきた。 その時間を、殺した。 吸血鬼は吸血鬼に戻った。 あるいは、始めから吸血鬼以外の何者でもなかったのかも知れない。 人間ごっこ。 所詮は、そんな安物だったのかも知れない。 改めて、レキを抱えあげる。 体は冷えきり、肌からは色が失われていた。 体には、まだ血液が残っているのに。 吸血鬼である私は、そんな風にしか考えられなかった。 ねえ、どうして君は私を庇ってくれたの? 偶然知り合っただけの私を。 吸血鬼である私を。 そして何より。 何故私は偶然知り合っただけの人間の事が、こうも気になってしまうのだろうか。 名前を教えて貰った時の意味の解らない喜び。 死にに行く、そんな言葉を聞いた時に感じた、今までに無い焦り。 そして。 レキが死んだ瞬間のあの悲しみと怒り。 ねえ、教えてよ。 ……解っている。 そんな問いは、無意味だ。 もう二度と、彼が息を吹き返す事は無いのだから。 「……なんてね」 それはあくまで人間達の中の常識だ。 まだ人間ごっこに酔っているのか。 私は吸血鬼じゃないか。 簡単な話だ。 レキを、吸血鬼にすればいい。 そうすればレキは生き返る。 それどころか、こんな事位では死なない体を手に入れる事も出来る。 他の人間を圧倒する、莫大な力を得る事が……。 「ふざけるな……」 それだけはしてはならない。 レキをこちら側に引き込む事は許されない。 少しでも、レキを幸せにしてあげられると思った私を呪った。 吸血鬼になって良いことなど無い。 人間として生まれたのなら、一生人間でいるべきだ。 ならば、レキを人間として生き返らせなければならない。 死んだ人間を、生き返らせる。 思えば、随分な傲慢だ。 神様にでもなったつもりか。 ましてや私は吸血鬼、生かすよりも殺す側の生物だ。 神の理、生物の理を覆す愚考。 「知るもんか。私は最強最悪の吸血鬼だもの」 そんな私が人間の為に、神の為に気を使ってやる必要など無い。 素早く、私は私に命令を下す。 レキを生き返らせろ。 私の、血を媒介に物体を具現化する能力を使って、レキに生きるための力を送り込む。 もちろん吸血鬼化させるのではない。 あくまで純粋に、レキに元々備わっていたであろう力を送り込むのだ。 ……望みは薄い。 何故なら、レキに力を送り込む何かがわかっていない。 機械でも道具でも無い何か、それを具現化する。 この世には無いもの、世界の道理に反するもの。 それを生み出すには莫大な力、つまり血が必要になる。 今この体にそれだけの血が残っているのか。 正直、運任せだ。 いや、神頼みと言っておこうか。 「神……かぁ……」 私は自嘲気味な笑いを漏らした。 レキに手のひらをかざし、力を送り込むイメージをする。 体から、血が吸われて行くのを感じた。 神様は、吸血鬼の願いは聞いてくれるだろうか。 解らない。 神様は気紛れだ。 そもそも神様なんかいない。 そんな話を聞いていると、人間達はあまり神様に願いを叶えて貰えていないらしい。 ああ、人間達ですら駄目なんだ。 吸血鬼の私じゃ、もっと駄目か。 じゃあ私は私に願おう。 私は私に祈ろう。 今まで、何一つ叶わなかった。 お願いだ。 この願いだけは、叶えてくれ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |