夢幻未来
三
ピンポーン
ピンポーンピンポピンピンポーン
小太郎と話をしていると、一回目からしつこくインターホンの音が鳴った。
誰だか知らないけど、そんなうるさく鳴らさなくても聞こえてるっていうのに。
うふふ、ちょっとお仕置きした方がいいかな?
笑顔でバキボキと手を鳴らすと、小太郎が勢い良く目を逸らした。
「ふふ、今日はお客さんが多いみたいだね」
「……俺は隠れていた方がいいか?」
「気にしなくていいよ。新聞の勧誘かもしれないし。依頼にしてもちょーっとお話して帰すから」
「そ、そうか」
そう言うと小太郎は青ざめつつも、ここに来るまでにかぶっていた笠を手にとった。
「俺が代わりに出よう。頼むから凛花はゆっくりしていてくれ」
「えー」
「えーじゃない。一般人がお前の攻撃を受けては病院行きになる」
「……色々思うところはあるけど、まぁいいや。じゃあお願いするね」
「あい分かった」
笠を目深にかぶった小太郎の背中を横目に、くすりと笑った。
「銀時や小太郎たち以外にはそこまでしないよ」
私は確かに人をいじるのは好きだけど、本気でいじ(め)るのはごく僅かな人に対してだけなのに。
私が誰にでも見境なくSになると思っているらしい小太郎に内心笑ったけど、その笑顔も聞こえてきた大声で消えた。
「なにっ!?銀時が大怪我を!!?」
ドスッ
「ひっ……!」
「その話、詳しく聞かせてもらえます?」
つい投げてしまった木刀が、訪ねてきた男の横の壁にめり込んだ。
「つい手がすべってしまって……ごめんなさいね」
誰にやられたの?どれぐらいの怪我を?
一緒にいた新八くんと神楽ちゃんは?
不安と怒りで荒れる心を抑えて壁に刺さった木刀を抜き取る。
ぱらぱらと壁の破片が床に落ちた。
あぁでも、いけないいけない、この人は銀時の怪我を教えてくれただけの人なのに。
この人にキレても意味はない。
彼に植え付けてしまった恐怖を拭おうとにこっと笑うと、隣にいた小太郎が静かに私の名前を呼んだ。
「…なに?」
「木刀が折れるぞ」
みしみしと手の中で悲鳴をあげる木刀。
否が応にも私の知らないところで大切な人が傷付くのは 、攘夷戦争を思い出させた。
医療隊であった私は、たくさんの、本当にたくさんの仲間を看取った。
実際に天人に切られるところを見ることは少なかったけれど、きっと誰よりも、私達は自分の無力を噛み締めていた。
大した戦力になれないのに、傷付いた仲間を助けることさえできないのかと。
何度も泣いた。
泣いて泣いて、逝く人を見送って、自分の弱さを噛み締めた。
――私はまた、大事な人を失うの?
「凛花」
「ぁ……、小太郎、」
手の力を抜けないまま、過去の記憶に埋もれそうになっていたその時。
小太郎が私の木刀を持っていない方の手を強く握った。
そこからじんわりと伝わる温かさに、少しずつ心が落ち着いていく。
ゆっくりと力の抜けた手から木刀が落ちて、ゴト、と鈍い音をたてた。
――そうだ。小太郎は…ううん、小太郎だけじゃなくて、私の家族で仲間で親友の人たちはみんな不器用で、だからこうやって態度で、その手で、私を引っ張ってくれた。
「ふふっ……ありがとう、小太郎」
もう大丈夫、と微笑んで伝えると小太郎も優しく目を細めて、落ちた木刀を拾ってくれた。
それを受け取って腰に差す。
黙って私達の様子を伺っていた彼に微笑んで、笠を手に取った。
「詳しいお話は道中お聞きします。銀時のところに、連れていってください」
「ありゃぁ……」
そうして桂の拠点へと歩き出す三人の姿を見かけた者がいた。
二人の男に挟まれて歩く、自分と同じ髪色をした彼女の姿をつい立ち止まって見つめる。
着物も今日屯所へ来るときに着ていたものと同じだし、恐らくあれは凛花……?
「………」
後をつけようか悩んだ結果、彼――沖田総悟は見廻りと称したサボりを続けることにした。
隣の男と親しそうに話すのを見て、人浚いの類いではないことだけ確認する。
裏路地に入っていく姿を見なかったことにして、来た道を戻る。
凛花を疑う要素を、作りたくなかった。
**********
銀時の額に浮かぶ汗を手巾でそっと拭う。
時々痛みのせいか、苦しそうに呻く銀時を見ているのは辛かった。
でもこのアジトにいる限りは、銀時のことを小太郎が守ってくれる。
ここに来るまでに聞いた話に、私は焦っていた。
新八くんと神楽ちゃんが捕まったことを知れば、銀時は怪我をおして助けに行くに決まってる。
それに何より、二人のことが心配だった。
小太郎に渡された刀を見やると、その美しい刃紋に自分の顔が写った。
かなり上等の刀をくれたみたい。
けれどそれを置いて、私はいつもの木刀を持った。
私にはこれでいい。
刀を持っていったら、二人を捕らえたらしい天人に何をするか分からないし。
そして銀時の頭をそっと撫でて腰を上げると、グッと強く腕を引かれて布団の上に倒れた。
「そんな殺る気満々の顔でどこ行くんだよ」
「あ……、銀時」
いつもの眠そうな顔をした銀時が私の腕を掴んでいた。
ダルそうな表情の割に手の力は強くて振り払えない。
まずい、起こしたくなかったのに……。
ここで私が二人を助けに行くって言ったら銀時は絶対怪我してるのに着いてくるに決まってる。
「……離して」
「ばーか」
何故か暴言を吐かれた上にぺちり、と頬を叩かれた。
ムカつく。
抗議をしようとすると、銀時が私の目をその大きな手でふさいだ。
視界が暗くなる。
「そんな不細工な顔してよぉ。銀さん置いてく気?」
「足手まといはいらない」
「はいはい、心配してくれてありがとな」
ぽんぽん、と頭を軽く叩かれて、苦笑が浮かんだ。
敵わないなぁ、やっぱり。
私がどんな嘘を吐いたって、銀時達には必ずバレる。
自分で言うのもなんだけど、嘘は決して下手じゃないと思う。
実際騙される人の方が多い。
だからどうしていつもバレるのか、未だに私には分からない。
けれど、どんな嘘を吐いて虚勢を張ったって、私の本当の気持ちを分かっていてくれることに救われている私が確かにいた。
昔は、銀時達だけが私のことを分かっててくれればいいと思っていた。
他の人に何と思われようと関係ない。
彼らが……私にとっての家族が分かっていてくれたら、それだけで良かった。
何もなくなった後は、それだけが大事なものだった。
――けれど、私も気付いたら大事なものを背負ってしまっていたらしい。
「神楽ちゃんと新八くん、返してもらいに行かなきゃね」
「あぁ」
私にとっての家族は先生と、銀時達昔の仲間だ。
私を助けてくれた、暖かさを教えてくれた、かけがえのない存在を教えてくれた――そんな彼らを超える家族はきっとこの先ない。
それは断言できる。
でも万事屋という居場所は、2つ目の家族みたいで。
「うちの子達に手を出したことを後悔させてやらなきゃね」
にこ、と冷たい微笑みを浮かべた。
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