夢幻未来
二
「ただいまー」
私が真選組への強制連行から万事屋に帰ると(土方さんは送るって言ってくれたけど、全力で断った)いつも迎えてくれるバタバタという足音がない。
変ね、いつも誰か1人は留守番してるはずなんだけど……。
でも靴を見る限り、誰もいないみたいだし。
いつもと違う様子に首をかしげたが、とりあえず笠を外して買って来たものを片付けようと家の中に入る。
と、その時、冷蔵庫にクリップで貼られた小さなメモを見付けた。
「ハム子を探してきます……?」
……あぁ、そういえば銀時たちが昨日話を聞きに行ったとか言ってたっけ。
なんだっけ、見かけ倒しの腐りかけた家で育てられた行方不明のハムを取り返すとかなんとか。
……でも育てられたハムってなんだ。
アレか、ハムの原料?
養豚所にでも行ったのかな?
銀時と神楽ちゃんの説明がアバウトすぎてぶっちゃけよく分かんなかったのだけど、こんなことならちゃんと聞いておけば良かった。
「うーん、いつ帰るのかも書いてないし…。探しようがないかな」
口元に手を当てて少し考える。
まったく、銀時も行き先ぐらい書いておいてくれればいいのに。
これじゃあどうしようもないじゃない。
後で銀時を処刑して、糖分と塩分すり替えてやる。
ピーンポーン
少しだけ口角を上げてそう企んでいたら、ふいに家の中に間抜けなインターホンの音が響いた。
銀時達だったらインターホンなんて押さないし…、誰かしら。
もしお客さんが来たなら、散らかってるところを見せるわけにはいかないよね。
そう思ってさっさと買った食品を片付けていると、急にギャアアアアア!!なんて叫び声が家の入り口から聞こえてきて、そこで私はぽむっと手を叩いた。
「……そういえば、定晴が玄関にいたんだった」
誰か知らないけど噛まれたかな?
……まぁいっか、死ぬことはないだろうしね。
「イダダダダダダ!ちょ、離してくれないかな、三百円あげるから!!」
「ガルルルル」
あ、ダメだ、これ定晴も面白がってるじゃん。
仕方ないし止めに行きましょ、後で慰謝料うんぬん言われても面倒だし…。
それにしてもこの声どこかで聞いたことある気がするんだけれど、気のせいかな。
首を傾げながら玄関に向かうと、黒髪長髪の誰かが定晴に頭からやられていた。
あーらら、血ダラダラじゃない……もう、面倒くさいなぁ。
「いっそ殺った方がいいかしら」
「え、何でいきなりそんな物騒なこと言われてるの俺?ダメだからね!というか、誰なのかは知らないが助けてくれないか」
「えー」
「えーじゃないからァアアアア!!見ろ、俺死にそうだから!!」
正面から定晴にかじられたまま言う彼は、頭のほとんどが定晴の口の中だ。
顔は見えないけど男の人らしい。
「ちゃんと死体の処理はしてますから、安心してください。明日の燃えるゴミに出しておきますね」
「何も安心できないんだけど!!?俺はまだ死んでいないんだが、むしろ今にもこのペットに殺されそうなんだが」
「定晴ー、食べていいよー」
「やめてェエエエエ!!」
あ、この人結構からかいがいがある。
それにしても、この声ほんとにどっかで聞いたような声なんだけれど……。
「……あ!」
分かった…、彼によく似てるんだ。
いつも一緒だった、私の仲間の一人。
少し天然っぽくて、でもいざという時は本当に頼りになる人だった。
「……ヅラ?」
「ヅラじゃない桂だ!」
記憶を探った末に思い出した声の主に手を叩いてそう言うと、黒髪の彼は昔から変わらない言葉を吐いた。
ふふ、相変わらずだなぁ。
「定晴、もういいよ」
「クゥン」
他の人だったら面倒だし放置してたかもしれないけれど、これが小太郎ならそういうわけにはいかない。
定晴を下がらせると、顔面血だらけな小太郎は頭を抱えて呻き始めた。
うん、うざい。
「ちょっとヅラ、そこで遊んでるなら帰ってくれる?邪魔なんだけど」
「ヅラじゃない桂だ!そもそも、なぜ銀時に会いに来ただけなのにこんな扱いをされねば、なら…ないん……」
私を睨み付けて反論しようとした小太郎は、私の顔を見た瞬間目を見開いた。
「凛花……なのか…?」
「ふふ、小太郎ったら相変わらずの長髪ね。切るか外すかしたら?」
「その人を貶す物言い…、やはり凛花か!」
ガバッと起き上がったかと思うと、さり気なく失礼な発言をする小太郎。
私は笑顔でその頭を掴んだ。
「うん?なんだって?」
「すいませんでした僕が悪かったですだから壁に頭ゴリゴリするのやめてエエエ!!怪我した所に擦れてる!擦れてるからァアア!!」
「あ、こんな所にちょうどいいモップが。階段の掃除でもしようかな」
「俺はモップじゃない、桂だ!お前は階段を血だらけにする気か!!一応俺は怪我人なんだが手当てはぶっ」
「あ、ごめんね。手当てしようとしたら手が勝手に動いちゃって。つい殴っちゃった」
「何これ久々の再会ってこんなに危険なものだったっけ?アレ??」
「定晴、ご飯にするから中においで。あ、小太郎はその頭から出てる赤いものを止めるまで来ないでね、家の中汚れるから」
「え、何、凛花って俺のこと嫌いなの?俺たち昔からの同士だよね??」
悶々と考え始める小太郎。
ほんとに相変わらずだなぁ…、こうやって言ったことを真に受けるところとか。
だから昔のメンツはみんな変な所でそうだけど、特に小太郎はいつだってある意味馬鹿素直で、でもそういうところが私は好きだった。
「小太郎」
何かぶつぶつとしゃがみこんで言ってる(キノコが生えてきそうだ)小太郎。
私の声は届いてないらしい。
…仕方ないなぁ、ほんとに。
少し苦笑をこぼしながら私も小太郎の前にしゃがむと、そこで初めて視線がまともに合った。
小太郎も相変わらず真っ直ぐな目だと、そう思った。
晋助にはまだ会ってないから分からないけど、銀時も、辰馬も、それにその周りにいる人もみんな真っ直ぐで強い目をしていた。
その先に見るものは確かに違うかもしれないけれど、それだけはみんな同じだから不思議だよね。
私もこんな目をしているのかな。
……そうだったらいいな。
「ねぇ小太郎」
そっと小太郎の手の上に自分の手を重ねてみる。
やっぱり、昔と変わらず小太郎の方が大きかった。
「何か大切なものはできた?」
「…何故急にそんなことを聞く?」
「んー…なんとなく?」
そう曖昧に誤魔化すと、小太郎は何かを悟ったみたいな顔をして、私の重ねていた手をぎゅっと握った。
昔と変わらない手の温かさに、何故か少しだけ泣きそうになる。
「俺は攘夷に何よりも重きを置いていた。例えどんな手段を使おうとも、この天人によって汚された世界を変えるつもりだったのだ。だから他人や誰かの大切なものを傷付けることもしたが……、そうだな」
フッと小太郎は笑って、どこか懐かしそうな顔をした。
「今は、結構この街を気に入っている。俺を慕ってくれる同士がいて、銀時のような友がいる……そんなこの場所が大切だと思う」
「……そっか」
『――#808080』
伸ばされた手、いつだって穏やかな優しい笑顔。
私を拾ってくれた。
私にたくさんのつながりをくれた。
あの頃の私たちの全ては、あの人とあの人が残した教えだけだった。
もう戻らない時間を思い出して少しだけ寂しさが胸をよぎる。
でもそれ以上に、小太郎の穏やかな表情が嬉しかった。
「小太郎、今しあわせ?」
「……今日は変なことばかり聞くのだな」
小太郎は小さく笑ってそう言った。
「私だってガラじゃないのは分かってるよ」
「いいんじゃないか、それで。…そうだな、ずっと心残りだったこともひとつ片付いた。今はおそらく幸せなのだろうと思う」
「何それ、よく分からないよ」
心残り、はなんのことなのかよく分からないけれど。
小太郎がどこか嬉しそうな顔をしてるから、特に聞こうとは思わなかった。
でもなんとなく、私のことかなと思う。
攘夷戦争で沢山の大切な人を亡くして、医療隊の人間として看取って、人は儚いものだと知った。
だからもう大切な人を作らないようにしようと、そう私が思っていたことを分かっているのかもしれない。
小太郎はアホに見えて……いや実際アホだけど、でも周りをよく見ている人だから。
「とりあえず、入ったら?お茶ぐらい出すよ」
「…あぁ、お邪魔しよう」
そう言うと小太郎はひどく優しく笑って、私の頭に手を置いた。
――昔と変わらない、温かい手だった。
私はそんな小太郎の手の指先にすっと手を伸ばす。
「ヅラが感染るので気安くさわらないでもらえます?」
グギッ
「ギャアアアアアアアアア!!」
そしてふれた指を逆方向に曲げた。
「コラ、近所迷惑でしょ」
「誰のせいだ誰の!!あと俺はヅラじゃない桂だ!…え、ちょっとこれ指折れてない?曲がっちゃいけない方に曲がってるよねこれ」
「良かったね、まるで軟体動物みたいだよ」
「はっ……!ということは、俺は人間としての限界を超えたのか!?」
「……そうなんじゃない?」
適当に返事をして小太郎を招き入れる。
懐かしいその手に泣きそうになったのは、内緒だ。
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