夢幻未来
そう目の前の光景と重なる昔を思い出して笠の下で目を細めると、ふっと沖田が表情を緩めた。
「……なんでィ、あんたちゃんと笑えるんじゃねーか」
「!」
「さっきの薄ら笑いより、今の方が本当の笑いっぽいでさァ」
目を見開く凛花。
土方も驚いた様で、いつもより瞳孔を開かせて呟いた。
「…お前、よく凛花がどんな風に笑ってるかなんて分かったな。笠で口元しか見えねぇってのによォ」
「うんうん!俺なんて全然分かんなかったからね!」
「それは近藤さんだからでさァ」
「アレ、総悟?」
言われた言葉の意味を考えて首を傾げている近藤をよそに、沖田は凛花に向き直った。
少し赤みがかかった目が真っ直ぐに見つめてくる。
何もかもを見通すかの様なその目に居心地が悪くなったが、ここで目を逸らしたら負けだと凛花も笠越しに沖田に視線を合わせた。
「……アンタ、どっかで会った事ありやせんか?」
「いいえ、初対面ですよ」
薄く笑みを浮かべる凛花とは対照的に沖田は僅かに怪訝そうな顔をする。
だがそれ以上は何も言わず、ただ「そうですかィ」とだけ言った。
一方の凛花はごく自然に土方と視線を合わせ、沖田と近藤からはさりげなく背を向けた。
「そんな事より土方さん、こちらのお二方は?」
「あ?…あぁ、そっちのゴ…右側に居る人が近藤さん、ウチの局長だ。さっきバズーカをぶっ放しやがったのは一番隊隊長の沖田総悟」
「アレ?今トシゴリラって言いかけなかった?つーか俺、なんで今日こんなにゴリゴリ言われてんの?」
「そうでさァ、近藤さんはゴリゴリじゃなくてシコシコですぜ。死ねよ土方」
「何の話をしてんだァァァアア!!誰もそっちの話してねーよ!!つーかお前が死ね」
「凛花、とかいいやしたか?俺は真選組副長の沖田総悟でィ。よろしく頼みまさァ」
「副長俺ェェェエ!!」
「何言ってんでィ土方、お前は俺のパシリだろ」
「ふざけんなァア!!テメェのパシリなんざ死んでもごめんだぜ」
そのまま再び言い合いを始める二人。
近藤は口を挟む事も出来ずに困った様に立ったままの凛花の傍に歩み寄った。
「いやー、こんなうるさい所ですまんなぁ!」
「いえ……、素敵な所ですね。真選組ってもっと殺伐としてるイメージがありました」
「現実はこんな感じだよ。毎日大騒ぎさ」
まったく、困った奴らだ。
そう言った近藤の顔は全然困ってなんていなくて、凛花は少しだけ微笑んだ。
懐かしい、ここまで似ているなんて。
何だかこの光景が昔の自分達に重なって見えて、それが少しだけ羨ましかった。
(だって、今はもうこんな光景見られないもの)
あの幸せだった時間。
一度離ればなれになってしまった大切な人たちが揃うことは難しいから。
少しだけ、今でもそんな馬鹿騒ぎを大切な人とできる片割れが羨ましいと思った。
「時は移りゆくもの。今この時を大切にしてください」
「?凛花ちゃん…?」
不思議そうに首を傾げる近藤に曖昧に微笑むと、スッと頭に手が乗った。
ふっと漂う煙草のにおいで、振り返らなくても誰の手なのかは分かる。
「近藤さん、コイツを女中として働かせたいんだが……」
「え、女中?隊士じゃなくて?」
「あぁ」
せっかく強いのにもったいない〜、と残念そうに言う近藤に、凛花は小さく微笑みかけた。
「ありがとうございます。でも、隊士より飼育係の方が必要でしょう?」
「飼育係って何イィィ!?ゴリラの?ゴリラのなの!?」
「ほらほら、バナナあげるからおとなしくしなさい」
「あ、どうも、ありがたくいただきます。……って、アレ?俺なんか餌付けされてる?」
もらったバナナをもさもさと食べながら首をかしげる近藤。
凛花はそれを見て優しく微笑んだ。
「ペットにするには少し大きいけど、簡単に調教できそうなゴリラで助かります」
「オイ近藤さん、餌付け以前にアンタもう人間として見なされてねぇぞ」
「ほら土方、お前の飯はこっちでィ」
スッ
「……お前は俺に泥団子を食えって言いてぇのか」
「何言ってんでィ土方さん、とうとう目までおかしくなりやしたか。これは泥団子じゃなくてウ〇コでさァ」
「オイィィィィ!!どっからそんなモン拾って来やがった!?」
「近藤さんの部屋に落ちてやした」
「近藤さんんんんん!!?」
「え、違うからね?それ俺のじゃないし?別にトイレ行くの面倒臭くて我慢してたらウ〇コ洩らしちゃったわけじゃないからね?」
「ちなみに出来たてほやほやでさァ」
「俺は近藤さんがウン〇もらした事より、お前がそれを拾って来たことにびっくりだよ」
「馬鹿ですかィ土方さん、俺が汚物から出た汚物触るわけねぇだろィ。山崎に取らせやした」
「アレ、俺汚物扱い?」
さり気なくけなしてきた沖田に突っ込む近藤。
だが沖田はそれを綺麗にスルーすると、凛花の方を向いた。
「凛花も近藤さんの部屋に入る時は気を付けなせぇ。ウンコ落ちていやすから」
「お前はセリフに規制かけろ」
「マジですか。土方さん、私近藤さんの部屋だけ掃除しなくていいですか」
「あー…、ウ〇コが落ちてる日は掃除しなくても構わねぇよ」
「何それ俺の部屋定期的にウンコ落ちてんの?」
「違いやす。定期的じゃなくて毎日でさァ」
「やめてえぇぇぇ!!凛花ちゃんが信じちゃうでしょーが!!毎日脱糞してるケツの締まりがない男だって認識されたらどうするの!」
「大丈夫です。ちょっとトイレ癖が悪いゴリラだと思ってますから」
「何も大丈夫じゃないイィィ!?」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ近藤さんがちょっと面倒になって来た凛花は、それには返事を返さずに喧騒の輪の中から一歩下がる。
それに気付かずに騒ぎ続ける三人に…否、自分の片割れに笠の下で目を細めた。
(私は輪に入らなくていい)(だって、まだ片割れの顔が真っ直ぐに見れない)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!