夢幻未来
「……土方さん、ひとつだけお願いがあります」
「!!お、おぉ」
――そんな俺の内心を見透かしたのだろうか。
凛花は歩みを止めてそう言った。
まるで、これ以上は考える事さえも許さないとでもいう様に。
「……もしも、の話ですが」
「?」
「もし、もしも…、土方さんが私が嫌っているあの人が誰なのか気付いても……誰にも、何も言わないでください」
「!」
目を目開く俺に、凛花は切なそうに口元をゆがめながら呟いた。
「きっと貴方と近い所に居る人だから、分かっちゃいます」
「………」
近い所にいる人…か。
――俺の中にあった好奇心はすっかり消えていた。
今はただ、そんな顔をさせちまった事への僅かな罪悪感。
それにヒントまがいな事だってのにわざわざそんな事を言ったんだ、恐らく生半可な気持ちじゃねぇ。
実際、今の言葉でその“嫌いな奴”の予想範囲が狭められたわけだからな。
「……あぁ、分かった」
そう言って笠越しに頭を撫でてやる。
「…土方さん、頭撫でるの好きですね」
「そうか?」
「そうです」
…そう言われてみると、そうかもしれねぇ。
だがそれは凛花の頭が丁度良いところにあるからであって、断じて誰にでもやってるわけじゃない。
「でも私、頭撫でられるの好きです」
「…そうか」
淡く笑う凛花につられて僅かに口角を上げる俺。
さっきまであった凛花の緊張感も無くなり、どこか和やかな空気が流れた。
――が、その時。
ドドドドド
「トシイィィィ!!嫌がる女性を無理矢理拉致って来たって本当だったのかァア!?」
「「……は?」」
仲良くハモる二人の目に庭の方から勢い良く走ってくるゴリラが映った。
「凛花、あれゴリラじゃないから。一応ちゃんとした人間だから」
「あれ?声に出てました?」
「バッチリな」
悪気なさそうに首を傾げる凛花に僅かに苦笑する土方。
そうしている間に目の前にまで彼が近付いて来ていた。
が、
「あ、転んだ」
「……何やってんだ、あんた」
思い切り目の前で転んだ。
(何も無いのになんでだ…)
凛花の前で次々と明かされる真選組トップの醜態に頭を抱えたくなる土方だったが、当の凛花はあまり動じていなかった。
倒れたまま動かない近藤へと声をかける。
「あの、大丈夫ですか?頭から血が出てますよゴリラ」
「ハッハッハ、このぐらいこの近藤勲にとってみれば何でもありませんよ!!でも今なんかゴリラって言われた気がするんだけど」
「頼もしいですねゴリさん。でもこのハンカチ、良かったら血を拭くのに使ってください」
「あ、お気遣いスンマセン。じゃあありがたく……、つーか今絶対ゴリラって言ったよね?ねぇ?」
「言ってませんよゴリラー大佐」
「ヒトラー大佐みたいなノリで言ってるけど言ってる事結局ゴリラだからね!!?アレ、てか初対面だよね?初対面でなんでこんなにゴリゴリ言われてんの俺?」
綺麗な刺繍が入った真っ白なハンカチを赤く染めながら一人ぶつぶつと呟き始めた彼――近藤を見て、土方はため息を吐きながらも凛花の頭を軽くはたいた。
「凛花、その辺にしといてやってくれ」
対して言われた側の凛花はまだ口角を上げたままだったが、おとなしく「はぁい」と返事を返して黙り込んだ。
(まさか凛花がそういうキャラだったとはな…)
新しい発見に内心驚きはしたが、決してそれを顔には出さずに土方は近藤に向き直った。
「で、近藤さん。さっき俺が誰かを拉致したとか何とかって言ってなかったか?」
「あ、そうそう!それだよそれ!俺が聞きたかったのは」
バッ、と立ち上がる近藤。
そして凛花の方を指差して言った。
「トシがこの女(ひと)を拉致してきたって本当か!!?」
「はっ!?」
「ぶふっ」
若干額に青筋をたてる土方。
隣にいる凛花が盛大に吹き出すのが聞こえて睨んでみるが、笑みを堪え切れていない口元が見えて余計にイライラしただけだった。
「笑ってる場合じゃねぇだろ!」
「そう?ふふ、私は被害者役だし勘違いされたままでも別に構いませんよ?だって悪く思われるの土方さんだけだもん」
「オィィイイイ!?お前質(たち)悪ィな!!」
「誉め言葉ですね。この噂広めたら新聞に載りますかね?」
「Sか、Sなのか?」
楽しげに口角を上げる凛花とは逆に口元を引きつらせる土方。
「……あれ、違うの?」
そんな二人のやり取りを見て、近藤はようやく自分が聞いていた事とは何かが違うらしい事に気付いた。
「気付くのが遅ぇんだよ」
「でもそんな勘違いされるって事は土方さんの日頃の行いがアレって事ですよね」
「アレって何だよ。つーかちょっと黙ってろ」
茶々を入れる凛花にため息を吐き、土方は近藤へと向き直る。
すると、彼は何故か少し驚いた様な顔をしていた。
「近藤さん?どうしたんだ?」
「あ…、あぁ、悪いな!いやぁ、トシがそんなに女性と打ち解けてるのを見るのは初めてだったからちょっとビックリしてなぁ」
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