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夢幻未来


「オラ、着いたぞ」

知らない道を走り続けて10分ぐらい、土方がパトカーを停めた。

――だが凛花はその到着先に目を見開く。

「え"……、ここって……」


呆然とした声に、土方は凛花をパトカーから降ろしながら飄々と答えた。


「真選組の屯所だ」




『真選組屯所』

そう書かれた大きな札が横に貼りつけられている門の前で、凛花は猛烈に後悔していた。

(しまった!行き先ぐらい聞いておくんだった…!)

真選組の屯所の近くは通らない様に、いつもわざわざ遠回りをして移動していたというのに。

今までの努力が全て水の泡だ。


「…というか土方さん!騙しましたね!?」

「別に騙しちゃいねぇよ。どことは言ってねぇだろうが」

「真選組の屯所がバイト先だって分かってたら来ませんよ!」

キッと土方を笠の下から睨む凛花。

土方は一瞬だけ視線を逸らしたが、紫煙を吐き出すと再び凛花に目を向けた。

「なら聞くが凛花、お前はなんでそんなに真選組で働くのを嫌がる?……ただ真選組の評判が悪いからって理由じゃねぇだろ」

「!」

凛花は思わず息を飲んだ。

(…この人、鋭い)

思わず目線を落とそうとしたが、土方の鋭い視線がそれを許さない。


「………」


――しばらく無言の攻防戦が続いたが、先に折れたのは凛花だった。


「……会いたくない人が、ここには居るんです」

呟く様に零されたその言葉を、土方も聞き逃しはしなかった。


「…会いたくない人、か」

凛花は少し口元を緩める。

「誰なのかなんて野暮な事は聞かないでくださいね。……ただ大嫌いなんです、その人が」

「…深くは聞かねぇよ。だが、ひとつだけ教えろ」

「なんですか?」

土方の方からは見る事が出来ないが、凛花は真っ直ぐに土方の目を見た。


(あ……)


「お前が笠を外そうとしない――いや、顔を見せようとしないのはそいつが理由か?」

鋭い切れ長の目は、目の奥に僅かに願いの色を揺らしていた。


(本当に……)

こんなにも馬鹿な人は久しぶりに見た。


――かくいう私も、そうゆう馬鹿な人の方が好きなのだけれど。



それにしても、不器用。

人を警戒する様な言葉を出すクセに、その目は信じたいと言っている。

「――はい。私の誇りにかけて、嘘じゃない事を約束します」

「……はっ、変な奴だな。女なのに侍みたいな事言いやがる」


口ではそんな事を言いながらもホッと安堵した様に表情を緩める土方。

凛花もそれにつられて小さく笑いながら、そっと土方の背中を押した。

「おい、」

「笠、外さないままでも働かせてくれるんですよね?」

「!」

そう言うと土方は一瞬目を見開いたが、

「あぁ、約束は守る」

そう凛花の頭を笠越しに軽く叩いた。


「それなら、恩返しされてあげなくもないです」

そう言って凛花は笑った。



(最初は何が何でも逃げようと思ってたけど……)


「もう終わりにしようや」


逃げるのをやめにしようと、そう言われた。


「いい加減、前向いて歩け」


昔からずっと見守ってくれた人が背中を押してくれた。


――それに、目の前の彼が顔も見せない自分を信じてくれた。

こんなに怪しい女、攘夷志士だと疑われてもおかしくないのに。

(次は私が応える番)

いつまでも逃げてられないのだから。


まだ顔を見せる勇気は出ないし、相変わらず片割れは嫌いだけれど。


ここで働く事で何かを変えられたらいい。




*****Change Side




俺は凛花を連れて自室に向かいながら、一人思考にふけっていた(当然こっちを見てくる奴らにはガンをつけている)。


(……何やってんだ、俺は)

命を救われたとはいえ、顔を見せずに働く女を隊士の連中が納得するかどうか。


恩返しの気持ちは確かにあった。

だがそれ以上に、凛花に興味が出たのは事実だ。

惚れた腫れたみてぇな甘い感情じゃねぇ。

ただ会う度に笠をかぶって顔を見せようとしない事に、そのよく分からねぇ正体に、純粋に興味が湧いた。

木刀で銃弾を打ち返すぐらいだ、相当の使い手だって事は分かってる。

真選組を見た瞬間嫌がった時には怪しく思いもした。


――だが、どうしても凛花が攘夷志士だとは思えなかったんだよ。

…いや、思いたくなかっただけかもしれねぇが。


だから正直、凛花から顔を見せない理由を聞いた時は柄にもなくホッとしちまった。

恐らく凛花はそれにだって気付いてんだろう。


「土方さん」

「あ?」

変なタイミングで名前を呼ばれて内心ドキッとしたが、平静を装って振り返る。

凛花は落ち着かなさそうに辺りをキョロキョロしていた。

こいつ……、

「そんなに緊張すんなよ」

思わず笑っちまいそうになりながら言うが、凛花はそんなに心のゆとりは無いらしい。

「だって、いつあの人に会っちゃうかと思うと落ち着けませんよコノヤロー」

「(話し方に素が入ってきてんな)例の会いたくない奴か?」

「そうですよ」


少し目を伏せた(っつっても顔が見えねぇから頭の動きでの判断だ)凛花を横目で見やりながら、俺はまた考え始めていた。


会いたくなくて顔も見せねぇぐらいなんだ、よっぽど嫌ってるのは分かる。

だからこそ余計に、つい相手は誰なのか考えちまう。

女にそんなに嫌われる様な嫌な事をする奴は……、駄目だ、心あたりが多すぎてなんとも言えねぇ。

うちは気が荒い奴らばかりだから何をするか分かったモンじゃねぇし、総悟に至ってはサド、近藤さんなんかはストーカーという女の敵に成り下がっている。


だが凛花の様子を見る限り、そんな軽い嫌いなんかじゃない様に思える。


もっとこう……、重苦しい何かが――

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