夢幻未来
D
「おいアンタ」
「!」
肩にぽんと手を置かれて振り返ると、そこには見知った顔。
「あ…、こんにちは。昨日の真選組の方じゃないですか」
「よう。昨日は世話になったな」
煙草をくわえながら片手をあげた彼に凛花も微笑んで会釈を返した。
彼はそのまま凛花の傍に寄ってくると、スッと重い方の荷物を奪い取っていく。
「あ、」
「昨日の礼だ。家まで持って行ってやるよ」
家はどっちだ?と聞いてくる彼に凛花は小さく笑った。
(…やっぱり、義理深い人)
気にしなくてもいいのに。
「お礼なんていいですよ。爆発の件でマスコミに上手く情報操作してくれただけで充分です」
「……気付いてたのか」
「さすがに気付きますよ」
そう言うと少し気まずそうな顔をして視線をそらす彼。
それに小さく笑いながらも、凛花は持っていかれた荷物に再び手を伸ばした。
「それに私、まだ家には帰らないので荷物を持ってもらうわけには行きませんよ」
「…そうなのか?」
「はい。これからバイト先を探さなきゃいけないんです。笠を外さなくてよくて、時給900〜ぐらいのいい所」
ついでに片割れに会わなさそうな所、と内心で付け加えてそう言うと、彼がフッと笑ったのが聞こえた。
「随分と我儘な条件の職場を探してんだな。それじゃあ接客業はほとんど無理だろ」
顔を見せねぇ店員なんてクレーム付けられ放題だろ、と真顔で言われ、事実その通りなので凛花も苦笑を零すしかない。
だがそうでないと困るのだ。
いつどこで片割れに会うか分からない江戸に居る以上、用心するに越した事はない。
「私もそう思うんですけどね…。こうでもしないとやっていけない理由が色々とあるんですよ」
「……そうか」
……彼が今の言葉をどう受け止めたのか、凛花には分からない。
だが、ぽんと笠越しに頭に置かれた手は温かく警戒を感じさせない手で、凛花は少し複雑な心境になった。
「…自分で言うのもなんですけど、私結構怪しいのに警戒しなくていいんですか?後ろからぐっさり殺っちゃうかもしれないのに」
「そうゆうつもりなら昨日俺を助けたりしねぇだろ」
「えー、分かりませんよ?信用させておいてぐっさりとか」
「お前はそんなに俺を殺してぇのか。…自分で言ってる時点でお前は違ぇよ」
本当にそう思ってるらしく、結局荷物を返してくれないまま煙草を吸う彼は私から離れようとはしなかった。
(……馬鹿な人)
たまたまその場に居たから結果として命を助けられただけなのに。
助けようと思って助けたわけじゃない。
見捨てられなかったから助けただけの事だった。
それなのに無条件に与えられる信頼は、どこかくすぐったかった。
「…お兄さん、名前は?」
「土方十四郎だ」
「………え」
名乗りを上げた彼――土方に、凛花は思わず顔を引きつらせた。
(え、何コレ)
何か変なフラグが立っちゃったぞ、へし折っていいよねコレ。
真選組の土方十四郎っていったら副長の土方しかいない。
(副長→片割れは隊長→二人はお互いに顔をよく知ってる=私の顔を見られたら終わり)
そんな方程式が凛花の中で立ち、思わず回れ右をして帰ろうとすると荷物を持っていない方の手をガシッと捕まれた。
「どこ行くんだよ」
「(掴まったァアアア!)すみません、私真選組の副長様々に荷物を持たせていられる程神経が図太くないんです」
するすると口から嘘を吐き出す凛花。
我ながら少し言い訳じみていたかと思ったが、土方は呆気なくそれを信じたらしかった。
そして何故かまたぽんぽんと頭を叩かれる。
「んな事気にすんじゃねぇよ。…アンタ、名前は?」
「(いやいやいやもう貴方が離してくれれば何も気にしませんとも)光月 凛花です」
「凛花、か」
「はい」
表面上はあくまでも穏やかに笑って見せるが、内心は激しく焦っている。
心なしか冷や汗かいてきた気がした。
だがそんな事には全く気付かない土方は、凛花の手を引いて近くに停めてあったらしいパトカーの前まで来るとその扉を開けた。
「乗れ」
「(そして連行ォォオオ!!?)いやあの、バイト先を探さなきゃ…」
「そのバイト先を紹介してやるっつってんだよ」
「…え…?」
凛花がぽかんと間抜けに口を開けている様子を見て、土方が初めて小さく笑った。
「さっき凛花が言ってた条件でバイト募集中の所を思い出した。もちろん笠も有りだ」
「!ほ、本当ですか?」
「あぁ。連れてってやるから乗れ」
少し迷ったが、凛花は頷いてパトカーの助手席に乗り込んだ。
(そんないい条件のバイトがあるなら、一度行ってみるだけ行った方がいいよね)
土方も自分に厚意から言ってくれているのだ。
そんなに悪い所を紹介するはずはないだろう。
そう走りだしたパトカーの中で思っていると、ふと土方が口を開いた。
「そのバイト先についてだが…、仕事は洗濯、掃除がメインだ。食事は基本的にはおばちゃん達が作るが、もし休む人間が多かったらお前にも食事の準備を頼む事になるはずだ」
「へぇ〜…、家政婦みたいな仕事ですか?」
「…まぁ、そんな所だ」
言葉を濁した土方が少し気になったが、凛花はそれよりもバイトの内容に安心していた。
今言われた様な仕事内容なら、万事屋でやっている事と大して変わらない。
なんとかやっていけるだろう。
「面接受かるといいんですけど…」
「そこは大丈夫だ」
「?そうですか」
なんだか随分とアバウトな気がしないでもないが、悪いようにはならないだろうと凛花は小さく微笑んだ。
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