夢幻未来
A
「ん…、…やべ、寝ちまってたか……」
「はい」
独り言の様に呟かれたその言葉に返事をすると、目を見開いて驚いた様にこっちを向いて来る彼。
私はその開かれた目の綺麗さに少し見入ってしまいながらも、ふっと苦笑を零した。
「起こしてしまってすみません。でも、こんな所で寝ていると風邪を引きますよ」
そう言うと、彼は少し気まずそうな表情をしてあらぬ方向を向いた。
もしかして…、照れてる?
罰が悪そうな表情の割りには顔が少し赤い。
大方、寝顔を見られた事とこんな所で寝てしまった事への恥ずかしさだろうけど。
あ、ヤバイ、ちょっと虐めたくなってきた。
流石にやらないけど。
そんな事を思いながら彼をじっと見ていると、彼は煙草を取り出しながらベンチから立ち上がった。
目線の高さが逆転する。
「手間かけさせて悪かったな」
「あ…、いえ。好きでやった事ですから」
にこり、と笑ってそう言うと彼の表情もつられた様に緩む。
――けれどその時、私はピカッと一瞬何かが光に反射するのを見てハッとした。
辺りを見回すとここからは遠く離れた時計塔に見える反射の元。
私が気付いた事にあちらも気付いたのか、構えていたマグナムの引き金を引いた。
「…バッター1番、行きまーす」
「は?」
呆気にとられる彼を横目に、私は彼を庇う様にして前に立って持っていた荷物を覆っていた布をするり、と解いた。
――布の解けた荷物の正体は、木刀。
銀時から貰ったお下がりだから洞爺湖とか書いてあるのだけど。
それをバットの様に構えて、弾の軌道に合わせて振った。
ドカーン!!!
「ホームラン」
爆発弾だったらしい弾がそのまま返されて時計塔で爆発したのを見て、私はそう呟いた。
隣の彼はというと、くわえていた煙草をポロリと落としている。
あぁ…、まだ残ってるのに勿体ない。
だけど火事にしてはまずいと、私は未だ紫煙を立ち上らせている煙草を踏み付けた。
そこでやっと現実に戻ってきたのか、彼がハッと我に返った。
「おいアンタ、」
「あ、セールの時間」
時計を見ると、既にセールが始まる時間になっていた。
あーあ、砂糖買い溜めしようと思ってたのに…。
銀時には悪いけど、糖分じゃなくて塩分の塊でも買って帰ろうかな…。
うん、そうしよう。
だって同じ白い粉だもの。
「あなた、真選組なんでしょう?こんな所で寝てたらまた今みたいに狙われますよ。疲れてるのでしょうけど、気を付けた方がいいですよ」
「あ…、あぁ」
彼は戸惑っていた様だけれど、一応頷いていた。
素直でよろしい。
ちゃんと忠告もして満足した私は、多分今から行っても何も残ってないだろうけど大江戸マートへと足を向けた。
「では私はこれで」
「あ、オイ待て!!」
「嫌です。タイムセール終わっちゃうじゃないですか」
後ろから彼の声が追い掛けて来たけど、顔を見られたら面倒だし。
無視して歩き続けて、公園の入り口まで行ってから初めてそっちの方を向いた。
怪訝そうな顔をする彼に向けて、私は口角を上げて見せた。
「寝顔、可愛かったですよ」
「っ、なっ!!?」
それからまた歩き出す私に向けて彼は何か言ってたけど、私は振り返らなかった。
「あはは、やっぱり弄りがいのある人ね。面白いなぁ」
笑いながら呟いた言葉は本人に届くことなく消えたのだった。
――…一方、置いてきぼりにされた彼の方はと言うと。
「何なんだ、あの女…」
ただそう言う事しか出来なかった。
まださっきの事が夢のように思える。
何かがこっち…、というか、俺に向けて飛んで来たと思ったらあの女がそれを木刀で打ち返していて。
そしてすぐに打ち返した方向にあった時計塔が爆発して、俺はただ驚く事しか出来なかった。
だがその後アイツは「また今みたいに狙われる」と忠告してきたから、そこでやっとさっきの出来事は誰かが俺を狙ったから起きたのだと理解する事が出来た。
……いや、忠告っつーのは間違ってるか。
忠告というより、冗談めかして言っていた様な気がする。
「チッ…、読めねぇ女だ」
それはあの銀髪男を思い起こさせて、俺は眉根を寄せた。
胸クソ悪ぃ、なんであんなヤツを思い出さなきゃいけねェんだ。
……だが、その読める読めないは別にしても、アイツが俺の命の恩人だってのは紛れもない事実だ。
アイツが俺を起こさなかったら、恐らくぐーすか寝たままご臨終してた事だろう。
「………」
なのに、礼言う前に「タイムセールが終わっちゃう」とかワケ分かんねぇ事言ってどっかに行っちまうしよ…。
「はぁ…」
……仕方ねェ。
取り敢えず、あの時計塔爆発の件を上手く片付けるとするか。
近藤さん辺りには本当の事を言わねェワケにはいかねーだろうが、助けてくれただけのアイツは巻き込みたくはない。
俺を撃とうとした相手を調べない限りはなんとも言えねェが、あの女は攘夷志士ではなさそうだ。
…とはいえ、木刀で銃弾を打ち返す辺り相当やるようだが。
――考えれば考えるほど分からなくなる女の正体に、俺は考えるのをやめる事にした。
もうどうにもなりやがれ。
俺を真選組と分かってて助けたんだ、それだけで良い。
後はおいおい分かるだろ。
(不思議な女だ)(まるで警戒心を抱かせない)
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