ハルヒ
二度と訪れない一瞬を目に焼きつけて
事のはじめは十月の中頃だった。
いつも通り、朝比奈さんはお茶をいれ、長門は本を読み、古泉と俺はボードゲームに勤しんでいた。
少し違うと言えば、ハルヒが来るのが少しばかり遅いことだろうか。
まあ、またどこかでなんかしてるんだろうよ。
てなわけで、俺たちはあいつのいない静かな一時を、いつも通り過ごしているわけだ。
願わくは、こういう平和な時間が何時までもつづけばいいのに、と俺は思うね。
と、そんな願いが叶うはずもなく、
いつも通り、やつはやって来た。
文芸部室の戸をけたたましくならしてな。
恐ろしいのは、その顔が、目を背けたくなるくらいにえがおなことだ。
「みんな聞きなさい!!」
はいよ。
「見なさい!!」
どっちだ。
とか突っ込みつつハルヒをみてみると、
その手にはきらきらと輝く、真新しいデジカメが四台もぶら下がっていた。
「おい、ハルヒ。まさかそれ、また強奪してきたんじゃないだろうな?」
「人聞き悪いわね!頂いてきたのよ。」
頂き方の問題だ。
「いや、ね?やっぱり一人一台は必要かと思ったのよ。そしたら、写真部が新しいデジカメを入れたって“偶然”きいてね。」
「で、一体何をするんだ?」
「決まってるじゃない。写真を撮るのよ。」
「や、それはそうだが。」
「それじゃ、さっそく渡すわね。はい、みくるちゃん。落とさないように気を付けなさい。」
「ひゃ…。」
「ゆき。」
「…。」
「はい、古泉くん。」
「ありがとうございます。」
「はい、キョン。」
「おお…。」
「てなわけで、次の文化祭!!私たちは写真の展示もするわよ!!」
“も”ってところが気になるところだが、まあいい。
「涼宮さん、被写体は何でもよろしいのですか?」
「何でもいいわよ。まさか古泉くん、人に見せられないようなものを、撮るつもりはないでしょう?」
「ええ。もちろんです。」
「期限はいつまでだ?」
「そうね、現像したりもしなきゃだし…今日が木曜日だから、来週の金曜まで!」
「あ、いいこと思い付いたわ!!観に来た人に投票してもらうの!撮った人の名前は伏せてね。」
ほほう。
「一番だったら何かあるのか?」
「そうね…次の不思議探索の時に、全員に1つずつ命令する権利をあげるわ!」
そんなこんなで幕をあけた写真大会。
実を言うと、俺は結構ノリ気だったのだ。
自分専用の、しかも真新しいデジカメが手に入るなんて、これは喜ぶなっていうほうが無理な話だ。
それはみんなも同じらしく、どことなく嬉しそうだった。
俺は中庭や、シャミセンを撮った。
あと、校舎なんかも撮った。
青い空と、灰色の校舎のコントラストが、何とも言えず綺麗だった。
空と言えば、あの部室から見える夕焼けもわりと綺麗だったような気がする。
おれは部室に残ることにした。
「…なんで、お前も残ってるんだ?」
「いえ…ここから見える夕焼けを撮ってみたいとおもいまして。」
「な…。」
同じことを考えていたとは。
よりによって古泉と。
「もしかしてあなたもですか?」
「や、…ああ、そうだな。」
「綺麗ですよね。」
「ああ。」
…おかしい。なんかちょっと恥ずかしいぞ。
「たぶんもう少ししたら綺麗な夕焼けになるんですがね。」
「そうだな。」
…沈黙が訪れる。
きまずい。
古泉は、椅子を窓際に持っていき、じっと外を眺めている。
普段、あまりまじまじと見たりしないが…よくみるとやはり綺麗な顔だな、と思う。
長い睫毛に形のよい目。
整った眉。
高すぎず低くない鼻。
綺麗な…
って何を考えてるんだ俺は!?フロイト先生もわらっちまうぜ!!
「そろそろですね。」
「へっ!?」
しまった。変な声が出ちまった。
動揺しすぎだ!!
ほらみろ古泉も驚いてるじゃないか。
「どうかしたんですか?」
「いやいや。どーもしてない。」
「そう…ですか?」
チッチッチッチッチッ…
時計の秒針が動いている。
やわらかなオレンジ色に包まれる部室。
古泉は角度を変えてはシャッターをきる。
フワフワの毛がオレンジ色に染まる。
頬が赤らんで見える。
シャッターボタンを押す奇麗な指。
整えられた爪。
日が沈む前に。
俺も撮らなければならないのに。
秒針が進む。
長針が進む。
ふ、と古泉が動きを止めた。
「撮らないのですか?そろそろ日が沈みますよ。」
「っ…。ああ。そうだよな。」
「珍しいですね。」
「何がだ?」
「いえ、なんでもありませんよ。」
「わけがわからん。ということでそこをどけ。次は俺の番だ。」
「ええ。僕はもう満足しましたし。」
「そうか」
「そうです」
「…。」
オレンジの光は、すでに紅の光に変わっていた。
カメラを通して見る世界は、日常とはフレームによって切り離された存在。
凝縮されたかのようにみえる美しさ。
紅が群青色とまざり、深い紫色に変わった。
沈んでいく太陽から、
「これが最後です」
というような眩い光が放たれる。
シャッターをきりつつ、
俺はカメラから目を離した。
広がる世界。
綺麗だ…
「古泉…っ」
「えっ!あ、はい、なんですか?」
ガタゴトガタッと音をたてて古泉が立ち上がる。
椅子が倒れている。
「…何やってんだお前。」
「いや…ははっ。なんでもありませんよ?ところで、何でしょうか?」
「ん…、や、今空が凄い綺麗だったから、お前にも見せようと。…あ。」
一瞬の間に、あの太陽の輝きは消えていた。
もちろん、今だって十分ではあるのだが。
「これは…綺麗ですね。」
隣で古泉が微笑む。
「…違う。さっきの一瞬が、綺麗だったんだ。誰かに見せたくなるくらいに…」
見せてやりたかった。
さっきの、あの美しさを。
「それは残念です。」
「…。」
「が、」
「?」
「おあいこです。」
「は?」
「僕もさっき、凄く綺麗なものをみさせていただきました。…そうですね。誰かに見せたくなるくらいに…いえ、見せたくないくらいに。」
ちらり、と俺を見たような気がした。
「…ふうん。」
「その光景を、写真にはおさめられましたか?」
「ん?ああ。たぶん写ったと思う。」
「僕もです。ですから、今日のところはお互い、文化祭までお預け…ってことに、しておきませんか?」
ふむ、悪くない。
「ははっ。そうだな。」
そうするか。
そして、俺たちは解散した。
ハルヒから現像は実費との連絡を受け、俺は泣く泣く、三、四枚に絞った。
文化祭当日、
俺たちは大忙しだった。
写真展と自主制作映画の上映会は適当に放っておけば良いものの、
バンドやらなんやら、やることはたくさんあったのだ。
バンドのできは、あえてここでは言わないが、
何かを成し終えた後の爽快感や脱力感、達成感などの感情が混じりに混じり、体から今だ熱が冷めない俺の耳に、ある不可解な会話が入ってきた。
「見た?SOS団の写真展。」
「見た見た!なんか皆が騒いでたからさ。」
「そかぁ、私まだ見に行ってないんだよね。どうだった?…その、誰だったかな色っぽい写真っての。」
「や…なんか、うん、写真マジックだよね。撮った人の腕が良いのか…。」
「で?」
「投票しちゃった、という。」
「おお…。そんなに良いんかい。私も観に行くか。」
…………?
話がよくわからんが、どうやらSOS団の写真展であることは間違いないようだ。
色っぽい…?朝比奈さんか?
何やら気になるな。
自然と足は文芸部室に向かっていた。
わんさかといる人の間を、うまくくぐり抜けながら歩く。
と、妙に視線を感じる。
すれ違うやつらからの。
つまり、文芸部室の方向から来るやつらからのだ。
…嫌な予感がする。
予感はあたった。
わりと大きめにプリントされた写真が数十枚ならぶなか、妙なものがある。
俺が写っている。ピンで。
顔が紅くなる。
なんじゃ、コレは!!
待て、落ち着け、クールになるんだ。
これはいつ撮られたものだ?
−夕焼けの文芸部室……あの日だ。
すなわち、誰が撮ったものか?
−古泉だ。
古泉殺す!!
俺は走り出していた。
そのとき、どこからか声がした。
「「僕もさっき、凄く綺麗なものをみさせていただきました。…そうですね。誰かに見せたくなるくらいに…いえ、見せたくないくらいに。」」
!!
「「お互い、文化祭までお預け…ってことに、しておきませんか?
」」
!?
これは、あの日に古泉から言われたことだ。
足はいつの間にか止まってしまっていた。
写真展の中の、古泉のものだと思われる写真の中に、あの写真以外に例の日に撮ったであろうものはなかった。
ということは…
『そうですね。誰かに見せたくなるくらいに…いえ、見せたくないくらいに。』
綺麗だとやつが言っていたのは。
「くそっっ…」
俺はその場にへたりこんでしまった。
顔が熱い…。
ああ、散々だ。文化祭…
投票の結果?
そんなのはハルヒが一番だったに決まってるだろうよ。
二番?
…。俺は言わないからな。
古泉のバカ野郎が。
あの日の奴の姿が、脳裏に甦る。
オレンジ色の光に包まれて、儚げな…
シャッターをきる奇麗な指。
真剣な眼差し。
目に焼き付いている。
そうか、同罪…か。
俺も、古泉も。
古泉は形に残し、俺は形にしなかっただけで。
…古泉を、誉めはしないが、許してやることにしようか…?
fin
後書き
意味不明ですね。
しかもいように長い。
しかもね、すごい時間かかったのだよ。
まあ、お許しください。
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